グルービングボウル


「今日は何か元気がないね」

「…そうですか」


ソファーの肘掛部分にだらしなくもたれる私に、いぶかしげな臨也さんがそう言った。


「何かあったの?」

「…純粋に聞いてくれる気はないだろうから言いたくないです」

「やだなあ。ちゃんと聞くつもりでいるけど?」


だから話してごらん。
それまで目に入らなかった臨也さんの顔が見えて、嫌な感じがする反面、頼りたくなっている自分にも気付いてた。
…まあ私はこんな出来事知らないし、言ってみてもいいのかもしれない、けど。


「…友達と、お花見に行こうって話が出たんです」

「へえ、お花見ねえ」

「けどフイになっちゃったんです。それがちょっと、残念で」


何だ、そんなこと?
そう言いたげな臨也さんが少しだけ目を丸くして、でもおかしそうに笑う。
ひどい。自分はいけなくていいって思ったけど、それでも単純に桜見物をしたいと多少は思っていたのに。


「じゃあ一緒に行く?」

「え」

「お花見」


私の髪に指を通して、臨也さんがわずかに微笑む。
別にわたしはお花見にこだわってたんじゃなくて、これからの未来のことを考えてたから、落ち込んでたわけで。
けど、どうして臨也さんの誘いが嬉しいんだろう。


「…ん?」


臨也さんの言葉にどう返していいのか迷っていると、ポケットに入れてあった携帯が震えた。
相手は………え、正臣?


「すいません、ちょっと電話してきます」

「行ってらっしゃい」


そう言ってソファーから立ち上がれば、臨也さんはこちらを見もせずにひらひらと手を振る。
…うん?何か雰囲気が違う気がするけど、気のせいかな。


「…あ、電話電話」


臨也さんの方に思考がいってた私を急かすように、携帯の震えがひときわ大きくなった気がする。
多分気のせいだろうと思いながら受話ボタンを押せば、いつも通りテンションの高い正臣の声が聞こえてきた。


『あ、希未?ったく出るのおせーぞ!…あ、もしかして焦らしてた?だとしたらその駆け引きは大成功!もう待ちすぎて化石に――…』

「うん、どうしたのかな」

『…ドライなところは希未の魅力っ!』


どことなく聞き覚えのあるフレーズを断ち切って、正臣に次の言葉を促す。
彼には申し訳ないけど、臨也さんが近くにいる状況であまり長話はしたくない。もちろん正臣のためにもね。


『今日の放課後さ、俺杏里と2人で話してたじゃん?』

「ああ、そういえば後で連絡するとか何とか言ってたね」

『そうそう。それ花見のことでさ』

「お花見?」


お花見なら、杏里ちゃんが用事があるからってことでナシになったんじゃ。
そんな私の考えを読み取ったかのように、正臣が本題に入る。


『希未も帝人が杏里を好きなことには気付いてんだろ?』

「まあ…あれだけわかりやすければね」

『で、俺は帝人を驚かせるために、一肌脱いだわけだ』

「ん?」


どういうことだろう。
考える間もなく、電話の向こうから正臣の声がする。


『あん時杏里には、誘われても“用事があるから”って断るようにって言ったんだ』

「…ってことは、」

『そう、サプライズ演出!まあ女の子じゃなくて親友へのサプライズってとこがアレだが――…今回は特別にな。俺っていい奴!』

「自分で言うの?」


苦笑しながら言ったものの、正臣の行動にはちょっと驚いた。
そしてもちろんそれはいい意味なので、


「でも、本当にいい奴」

『え?』

「正臣のそういうところ、すごく格好いいと思うよ」

『………』


思ったことを素直に口にしてみたのに、正臣からは反応がない。
どうしたのだろう。


「あれ?もしもーし」

『…聞こえてる。っつーか、いきなりそんなこと言ってくるなんてびっくりすんじゃねーか!…ハッ、まさかこれも希未の駆け引き!?』

「ちがっ、本当に思って、」

『冗談だって、わかってるよ。ありがとな』


少しトーンの下がった正臣の声に安心して、私の口元が弧を描く。
よかった。つまり3人はお花見に行けるんだね。


『杏里にはもう話してあるんだけど、とりあえず場所は日暮里だからなー』

「…え、私も行くの?」

『当たり前だろ。…え、希未まさか自分は誘われてないとか思ってた?』


図星と言っていいのかはわからないけど、まあその通りだった。
けどそれは悲観しているわけではなくて、3人がお花見という思い出を作れないことを憂いていただけ、なんだけど。


『ばかっ、希未のばかっ!お前も一緒に決まってんだろ!』

「じゃあ何で杏里ちゃんにはその話して、私には何も言わなかったの?私明後日用事あったかもしれないのに」

『希未が用事?冗談よせよ!希未暇人じゃん』


グ、と唇を噛み締めたのと同時に、携帯を持つ手がわなわなと震えた気がした。
けど否定はできない。
用事があると彼らの誘いを何回か断っていた杏里ちゃんに対し、私はこれまでで、一度しか断ったことがないのだから。


『気にするな少女希未、俺らにとっては暇人とは褒め言葉だ!』

「どこが」

『だって暇だったらいつでも遊べるだろ?』


それっていいことだぜ!
正臣のそんな声が聞こえて少し複雑な気持ちになるけど、まあ悪い気はしないのでよしとしよう。


『ってことだから、詳しいことは杏里に聞いてくれ』

「うん、わかった」

『じゃあまた明後日な!いい夢見ろよ希未、いい夢っていうか俺の――…』


プツ。
何か言いかけていた正臣の言葉をさえぎるようにして切った電話の画面には、短く通話時間が表示されていた。


2分10秒の友情


「臨也さん、日曜出かけてきてもいいですか」「駄目って言ったら?」「え」「うそだよ。お花見でしょ、行っといで」

 



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