穴だらけの目隠しなんて


「っていうか、思ったんだけどさ」

「何ですか」

「希未って無愛想だね」

「………」


10分で夕飯を作れという無謀なことを言ったお風呂上がりの臨也さんだけど、流石に無理だということは自覚してくれていたのか、特に文句を言うこともなく大人しく待ってくれている。こういうところは、割と嫌いじゃない。
…そう思った矢先に声をかけてきた臨也さんは、悪びれる様子もなく言った。


「…何ですか今更」

「今更ってまだ一週間経ってないよ」

「わたしが無愛想だなんて、初日か2日目くらいで気付いてると思ってました」


ミネストローネの入ったミルクパンをくるくるとかき混ぜながら、淡々と言葉をつむぐ。
無愛想だなんて初めて言われたわけでもないから気にしないけど、この人に言われると何だかむかつく。
めちゃくちゃ観察されてたんだろうな、きっと。


「2、3日じゃ警戒心もあって素は出さないだろうと思ってね」

「…って言っても、まだ一週間経ってないですよ」

「確かにそうだけど、あまりにも演じてるように見えなかったからね。それに君は例外だよ。元は別の世界の人間なんだから」


っていうか、こんな時間って言ってた割にはずいぶんと手の込んだもの作ってるね。
オーブンに入れているドリアが焼けるのを待っている間にサラダとミネストローネを作るわたしに、臨也さんが言う。
平和島さんとちゃんと話せたことが嬉しいのと、おもちゃと明言されたことによる仕返しだということは、臨也さんにはもちろん内緒である。


「でも希未ったら最初から俺に遠慮なしだったよね」

「何ですかそれ」

「俺に対する態度だよ。暴言は吐かないにしてもさ」

「だってわたし、臨也さんに好かれる必要も嫌われないようにする必要もないですもん」


…でもそれって、なかなかに寂しいことなんじゃないか。
言った直後に気付いてしまったせいで、それからぐるぐる、まるでミルクパンの中のスープのように、頭の中をいろんな考えが駆け巡る。


「…もしかしたら、ある意味臨也さんは特別なのかもしれませんね」

「…どういうこと?」

「わたしは、誰にでも嫌われてもいいって思ってるわけじゃないんですよ」


たとえば帝人とか正臣とか杏里ちゃんとか、岸谷さんとかセルティとか、平和島さんには嫌われたくはない。
知り合ってしまった以上は仲良くしていきたいし、わざわざ嫌われるような行動を取ろうという気も起きない。


「それなら俺に媚を売っといた方がいいんじゃない?」

「そうかもしれません」

「何でしないの?」

「だって、嫌われたくない人たちと過ごす時間より、臨也さんと過ごす時間の方が絶対に長いから」


静かなこの家の中で、わたしの声と料理を作る音だけが響く。
何ひとつ言葉を返してこない臨也さんに違和感を覚えて彼の方をちらりと見れば、珍しく不思議そうな顔をしていた。
…そんな顔も、出来るんですね。


「意味、わかりませんか」

「まったくね」

「簡単に言うと、わたしは面倒くさがりってことです」


一緒に過ごす時間が一番長いであろう臨也さんの前で猫を被っても、きっとわたしはすぐに疲れちゃう。
元々がこれだ、愛想よく接しようとしたところで高が知れてる。


「臨也さんには、普通に接しようと思ったんです。それでも合わなかったり飽きられたら、それはそれで仕方ないって」

「…俺の性格知ってるんだから、そうなったらどうなるかわかってるんじゃないの?」

「…捨てられるんじゃないんですか」

「まあ、当たらずといえども遠からじってところかな」


やっぱり。
予想外だなんて嘘でも言えないくらいの返答に、こっそりため息を吐いた。


「この世界でのわたしには、臨也さんしかいないんです」

「へえ?」

「臨也さんの知らないところでいくら他人と仲良くしても、結局臨也さんに捨てられれば、わたしはそれまでなんですから」


たとえ捨てられたとしても、その後臨也さん無しで生きていくことは出来たとしても、今と同じように、普通の女の子として生きられるかは微妙なところ。
それがアンダーグラウンドという意味なのか世間一般という意味なのかは、わたし自身にもわからないけど。


「…とんだ特別扱いだね」

「嬉しいですか」

「別に」


そうですか。
まあわたしだって、これで嬉しいとか言われても反応に困る。けど。


「別に、捨てられたいとは思ってませんからね」

「ああ、そうなの?」

「生きる世界は違えど、チャンスをもらったんです。無駄にはしたくないし、捨てられないようには気をつけようと思ってます」


そのための“ルール”ですから。
少し含みを持たせて言ったけど、臨也さんは気付いてくれただろうか。


「つまり希未は、ある程度は気をつけようとは思っても、どうしても譲れないところを譲る気はないってことだね」

「おおお、さすが臨也さん」

「馬鹿にしてる?」

「いえ、ちっとも」


本当、馬鹿になんてしてませんよ。
っていうかむしろすごいなって普通に思いました。絶対に言わないけど。


「わたしのルール違反をどれだけ臨也さんが許せるかが運命の分かれ道ですね。きっと」

「ルールを守ろうって気はないの?」

「ルールは破るためにあると思います」

「何その不良みたいな台詞」


苦笑しながら言った臨也さんは、こんなわたしのことをどう思ったのだろう。
面倒くさい?面白い?
まあそんなの、どっちだっていいけれど。


「わたしはこの世界に、過度の希望も絶望もないだけです」


だからわたしの思うが侭に、ただ生きていくしかないのです。
けど、出来ることなら。


「希望とは、出会いたくないですね」


世界はそれを“逃げ”と呼ぶ


(学校の彼らと数時間前の彼のことは、忘れたふりをさせてください)

 



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