甘さと柔らかさで包みこむ


「あ」

「…ん?」


2人と別れ岸谷さんの家に行った後、新宿に帰るべく駅に向かっている時。
目の前からやってきた人に無意識に声をあげれば、その人もまたわたしに気付いたらしい。


「お前、昨日の…」

「あー…その節はどうも」


その節はどうもって何だよ、と言った直後に後悔しながら彼を見れば、やっぱりというか何というか、申し訳なさそうに顔をゆがめる。
…っていうか、シズちゃんって人の顔忘れやすいタイプだと思ってたんだけど。
あ、ガーゼ貼ってて来良の制服だから気付いたのかな。


「…病院行ったか?」

「あー…はい、行きました。2週間くらいで痕もなくなるみたいです」

「…そっか」


ほっぺに貼られた大きなガーゼを見て、シズちゃんが眉をひそめる。
んんん、どうしよう。どうしたら…ん?


「あ」


どうやってこの暗ぁい状況を打破しようか、なんて考えていた時だった。
楽しげな女の子たちの声と共に漂ってきた甘い香りが、わたしの鼻をくすぐる。


「…食いたいのか?」

「え」

「詫びになんてならねぇけど、買ってやるよ」


言いながら少しだけ笑みを浮かべたシズちゃんに安心したのもつかの間、彼はわたしを置いてスタスタ歩いて行ってしまう。
…あああやばい、これ買わせる流れになっちゃうっ。


「いやあの、そういうのじゃないですからっ」

「? そういうのってなんだよ」

「えーと、何ていうか…」

「クレープ嫌いか?」

「いや、好きですけど…」


ああああああ、どうしてわたしはいつだって正直に言っちゃうんだ!
確かに食べたいけど買わせたいわけじゃないし、罪悪感だって覚えさせたいわけじゃないのに…


「俺が買ってやりたいんだから遠慮すんなよ」

「……ごめんなさい」

「謝んなって。何がいい?」

「…えっと、じゃあ苺チョコバナナ生クリームで」


わたしの声を聞いた店員さんが、小さなワゴンの中でクレープを焼き始める。
クレープ食べる時はこれって昔から決めてるんだよね。


「その辺座って待ってろよ、持ってくから」

「…すいません、ありがとうございます」


軽く頭を下げて、パタパタと近くのベンチに駆けていく。
ふふふ。買わせちゃったのは申し訳ないけど、最近食べてなかったから、実はかなり嬉しかったり。


「ほら」

「あ、ありがとうございます」

「こぼさないように気をつけろよ」

「はい」


数分経って、シズちゃんから受け取ったクレープに思わず顔がほころぶ。
わーおいしそう、すっごいおいしそうっ。


「いただきますっ」

「おう」


わたしの笑顔に少し安心したようなシズちゃんが、少しずつ減っていくクレープとわたしを見つめる。
ふふ、すごいおいしい。幸せだー。


「うまいか?」

「はい、めっちゃくちゃおいしいですっ」

「そりゃ良かった」


言いながらポケットに手を伸ばしたシズちゃんが、一瞬何か考えたように手を下ろす。
…ああ、別に構わないのに。


「煙草吸っていいですよ」

「…は?」

「……あ、ああ。えっと、昨日見かけた時、吸ってたので」

「あー…悪いな」


じゃあ遠慮なく、と煙草をくわえたシズちゃんに安堵のため息が漏れる。
よ、よかった。名前は絶対に呼ばないよう注意してたけど、煙草のことまで神経がいかなかった。
でもまあ怪しまれてはいないみたいだし…とりあえず命拾い出来たね。


「…悪かったな、昨日のこと。謝って済むことじゃないのはわかってんだけどよ」

「え、あー…いや、大丈夫ですよ」

「ガーゼでかいし、傷も結構出来ただろ」

「でもそこまで深くないし、多分痕は残らないって言われました」


別にシズちゃんに罪悪感を抱かせないためとかじゃなくて、ただもう本当に、岸谷さんに言われたままのことを言った。
責任を感じさせたくないのは確かだけど、それ以前にそこまで気にするような傷でもないし。


「だから気にしないでください。あの場にいたわたしも悪いんですから」

「…そういえば、何であんなとこいたんだ?」

「偶然です、友達とぶらぶらしてる時に、たまたまあそこを通りかかって」


嘘のような嘘じゃないような。
でもまあ詳しく話すようなことでもないし、とクレープをもうひとくち頬張る。


「…お前、あんなの見た後で怪我までしてんのに、俺のこと怖くないのか?」

「はい、怖くないですよ」


わたしがそう言えば、シズちゃんは少し驚いたような顔をして煙を吐き出した。
…確かにシズちゃんがどんな人か知らなければ怖いかもしれないけど、わたしは知ってるし。それに、


「わざとやったんじゃないってわかってますし、昨日すごい申し訳なさそうな顔してたから」

「……」

「そんな人のこと、怖いと思いませんよ」


そう言ってもぐもぐとクレープを咀嚼すれば、チラリと見えたシズちゃんが気まずそうにしてるのに気付く。
あー…どうしよ。わたしは初対面感全然ないけど、シズちゃん的には初めて話す女にこんなこと言われて嫌だよな、やっぱ。


「…変な奴」

「は?」

「お前、変わってんな」


いい意味なのか悪い意味なのか判断しかねるけど、この世界の人はどうしてこうも失礼なんだろうか。
いや、生死を確かめるために倒れてる子を蹴る臨也さんには遠く及ばないけど。


「そうですかね」

「…変だな」

「何回も言わないでくださいよ」


食べ終わったクレープの包みを折りたたみながら苦笑すれば、シズちゃんが安心したようにまた笑う。
よかった。完全に取り払えたかはわからないけど、多少は罪悪感も消えたみたい。


「…俺、平和島静雄っつーんだけどよ」

「あ、はい。平和島さん」

「もし何か困ったことあったら呼べよ。出来るだけ行くから」


言いながら笑ったシズちゃ…いや平和島さんに、池袋最強だなんて言葉は似合わないと思った。
ああああ、こんな時に考えることじゃないけど本当に格好いいっ。
臨也さんだって格好いいけど、中身アレだからプラマイゼロっていうかむしろマイナスなのに対して何この純粋な格好よさ!


「…どうした?」

「あっ、す、すいません。わたしは柴崎希未です」


よろしくお願いします。
軽く頭を下げながら笑えば、平和島さんも笑う。ふふ、連絡先増えた。嬉しい。
それにしてもわたしすごい勢いで巻き込まれていってるなあ、なんて考えた時、ちょうど平和島さんが煙草を吸い終えた。


「じゃあわたしそろそろ行きますね」

「おう、気をつけろよ」

「あの、平和島さん、」


少しだけ出来た距離のせいで、さっきよりも大きな声を上げる。
何かと振り返った彼に笑えば、サングラス越しの不思議そうな瞳と目が合う。


「ごちそうさまでした」


そう言い捨てて走ったわたしを、彼がどんな顔をして見ていたのかはわからない、けど。
わたしはこの世界の人たちを、守りたい。


だから今はただ、


(この番号に電話をかけるようなことが、起きませんように)

 



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