色づいていく秤にのせて


「よーし行くぞー!」


正臣の高らかな声と共に歩く池袋。
まだ慣れない東京という場所のごちゃごちゃ感に、不安は消え失せ期待だけが膨らんでいった。


「さて、どこ行きたい?」

「んー…全然わからないから紀田くんに任せる」

「紀田くんなんてよそよそしい呼び方するなよハニー!」


今日出会ったばかりなのに、なぜハニー呼ばわりされなきゃいけないんだろうか。
相変わらずテンションの高い正臣に少し圧倒されながら、私たちは目的もなくダラダラと歩く。


「えっと…柴崎さん、どこか行きたいところとかある?」

「行きたいところ…うーん」

「うまい店でも教えよっか?あ、お姉さんお茶でもどう?」

「紀田くん…」


私たちと会話してるさなかも、女の子レーダーは働いてるらしい。
心の中で小さくため息を吐いた時、すれ違った人に相手にされなかったらしい正臣がこちらを向いた。


「で、何だっけ。うまい店?」

「ああ、うん、知りたい。教えて」

「よぉし俺に任せろッ!」

「あっ、紀田くん待ってよー!」


言うなり走り出した正臣を追いかけ、人の波をくぐっていく。
ちょ、病み上がりにガンダッシュはきつい…!頼むから止まって、本当に止まって!


「…っう、」

「っ、柴崎さん大丈夫?もう紀田くん、柴崎さん怪我治ったばっかりなんだから走ったりしたらダメだよ!」

「あ、そっか。ごめん希未、大丈夫か?」

「う、うん…大丈夫…」


とりあえずここじゃ人多いし、と言った帝人とともに、適当な角を曲がり、少し歩いたところでしゃがみ込む。
わざとじゃないんだし、眉尻を下げて謝ってくる正臣に文句を言う気はないけど…帝人が止めてくれて本当に良かった。


「柴崎さん大丈夫?どこかで休む?」

「あ、ううん、ありがと帝人。でも大丈夫だから、」


そこまで言った時、



「中学の時は美香の腰ぎんちゃくだったくせして」



すぐそばの路地から聞こえてきた声に、私は口を閉ざした。

中学、美香、腰ぎんちゃく。
何だか聞き覚えのあるワードに路地裏を覗き込めば、案の定、見たことのある光景がそこには広がっていた。


「あっ、イジメ。しかもものすごくベタな」

「ド定番って感じだね」

「ここまでコテコテだと、流石に怖くないかも…」


どうしよう、言われてるの園原さんだよね。
わずかに不安の色がにじむ声で、帝人はいじめられていると思しき少女――園原杏里ちゃんを見ながらそう言った。
…っていうか、あれ?これって確かアニメと同じてんか、


「イジメ?やめさせに行くつもりなんだ」


やばい。
何がやばいのかなんて言うまでもない、この人との遭遇だ。
けれどそう思った時にはもう遅くて、背後からの聞き慣れた声に、私はびくりと肩を揺らす。


「………」

「……………」

「えっ、ちょっと!?」


え、何で一瞬私のこと見たの。
いや、見られなかったらそれはそれでって感じだけど…なんて考えているうちにその人は帝人の肩を掴み、件の少女たちの方へと歩いて行く。

当然驚いている様子の帝人は押されるままに歩いているんだけど――…あ、帝人軽く突き飛ばされた。酷いなあ臨也さん、帝人何が起きてるのかわかってないじゃん。


「イジメ、かっこ悪い。実に良くない」

「おっさんには関係ねえだろ」

「そう、関係ない」


突然介入してきた2人の男。
しかもその片方が自分たちに向けて物を言ってきたとなれば、喧嘩腰になるのも仕方ない。…のか?
そこのところはよくわからないけど、ゆるやかに火花が散っているなあ。


「関係ないから、君たちがここで殴られようがカッター突きつけられようがのたれ死のうが関係ないことさ。俺が君達を殴っても、俺が君達を刺しても、逆に君達がまだ23歳の俺をおっさんと呼ぼうが、君達と俺の無関係は永遠だ。全ての人間は関係していると同時に無関係でもあるんだよ」

「はあ?」

「人間って希薄だよね」


私は日々の生活で嫌でも慣れさせられてしまったからまだ平気だけど、あの子たち的には『何言ってんのこいつ、わけわかんない』ってとこだろうなあ。

完全に傍観者を決め込んでいる私がそんなことを考えている一瞬の間に、臨也さんはどれだけのことをしたのだろう。


「アハハハハハハハハハハハハハハハ」


次に目を向けた時には、臨也さんが女の子の物と思しき携帯を笑いながら踏みつけていて、少女たちは「こいつヤバイ」だとか「早く逃げよう」だとか何とか言っていた。
うん、それが正しい反応だしそうした方がいいと思う。いじめは確かに良くないけど、この人はもっと良くない存在だ。


「飽きちゃった。携帯を踏みつぶす趣味はもうやめよう」


そう言ったかと思うと、帝人に向けて笑いかける臨也さん。
胡散臭さしかない。


「偉いねえ、苛められている子を助けようとするなんて、現代っ子にはなかなかできない真似だ」

「え……」


終始黙っていた杏里ちゃんが、臨也さんの言葉に帝人を見る。
自分を助けようとしてくれたって、今気付いたんだ。
そりゃそうだよな、臨也さんが全部もってっちゃった感じだし。帝人は表情から察するに何か後ろめたそうだし。


「ともかく、竜ヶ峰帝人くん。俺が会ったのは偶然じゃないんだ。君を探してたんだよ」

「え?」


それってどういうことですか。
帝人がそう尋ねようとしたであろうその時、


「がッ!?」


コンビニのごみ箱が、ログインしました。


どちらかなんて選べないけれど


(大切なものが、またひとつ増える予感がした)

 



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