運命はオレンジに溶ける


「よし、杏里のエロ可愛さと希未のクールビューティーさを他の女と比べて証明するために、今日は4人でナンパに行こう!」


久々に登校した翌日。
昨日であればひとり病院へ向かっていただろう時刻、私は3人とともに帰宅しようと歩いていた。

これから待ち受けているだろう未来を憂い沈んでいた昨日とは打って変わって、今日の私はつとめて明るかった。と、思う。
確かに今後のことを思えば頭は痛いし胃はキリキリしそうだし、精神的にやられそうな上に帰宅すれば首謀者ポジの臨也さんと過ごさなきゃいけないということを考えると本当に憂鬱になる。
けれど、そんなことを理由に何もせずにいられる私じゃない。そんなのは、今に始まったことではないのだから。

それが、昨夜私が考え抜いた結論だった。


「急に消えたって言えば、切り裂き魔もだよね」

「………………」

「ご、ごめん園原さん、思い出させるつもりじゃ…」

「あ、い、いえ。大丈夫です、すいません。何でもありませんから」


焦ったような帝人の声にハッとして顔を向ければ、どうやら切り裂き魔かなにかの話をしていたのだろうか、すぐ隣の杏里ちゃんが困ったように笑っていた。
…まったく帝人ったら、どうしてこう考えなしに話をしちゃうのかな。ま、恋愛に関してはそういうところも初々しくて微笑ましいんだけど――…と考えた時、不意に鳴り響いた携帯のバイブ音が、それまでの空気を断ち切った。


「もしもし……俺だけど」


すかさずポケットから携帯を取り出した正臣は、電話に出ながら一瞬だけ表情を固まらせる。
そんな彼の表情を見た私は息を詰まらせ、私の心臓は、どくりと大きく鳴った。
けれどそんな私の心臓なんて知る由もないのだろう。
一言二言話した何かを話した後、素早く電話をしまいながら、正臣は申し訳なさそうに頭を下げた。


「悪ぃ。昔の友達が急用があるっつーからさ」

「あ、そうなの?」

「今日はちょっと帰るわ。恨むなら俺の友達を好きなだけ恨んでくれ。恨むならタダだし――…」


覚えがある。私はこの光景を、知っている。
それに気付いたと同時に、無意識のうちに動いていた私の体は。


「 だめ、」

「…希未?」

「行っちゃだめ」


正臣の手首をギュッと掴んでいた。
咄嗟に口走った言葉は場の空気を固まらせるのには十分で、正臣だけじゃなく、帝人と杏里ちゃんまでもが何事かと目を見開いたのを感じる。
心臓がうるさい。緊張のせいか、手が震えてしまっている。けどどうしたって、手を離そうとは思えなかった。


「…おいおい、どうしたんだよ希未。ははぁ、俺がいなくなるのが寂しいってわけ?大丈夫だよ、心配しなくても俺には希未と杏里という愛する子が、「冗談なんていいからッ」

「……希未?」


お願いだから、行かないで。
放った言葉は情けなくも震えていて、今すぐにでも、自分の正体とこれから起きることを話してしまいたくなった。そうして楽になりたかった。
けど私は、未来が変わることがひどく怖い。自分の知っている未来ではなくなることが、予想できない事態が起きてしまうことが、ひどく恐ろしくて。


「…ごめんな希未」


空いた手の方でやんわりと私のそれを離させた正臣は、眉尻を下げて後ろへ下がる。
そうしてゆっくりと歩き出して、その体に触れようとしても、もう届きはしなくて。


「じゃあまた明日な!帝人、抜け駆けはすんなよー!」

「ちょ、ちょっと正臣ッ」


伸ばした手は正臣をとらえることができず、彼は私たちを残し走り去っていく。
その姿を眺めるしかない私、そして帝人と杏里ちゃんたちは、ただその場に立ち尽くした。

それもつかの間、途中まで一緒に行けばいいのにだとか最近紀田くんの様子がおかしいだとか、そんな、私の目を覚ますような2人の会話が聞こえた。
冷静になれ。そう言われた気がした。


「あ、えっと柴崎さん、園原さんも、この後どうする?今日はこのまま帰る?」

「…うん、そうする」

「そうですね…私も今日はちょっと用事がありますから」


そう言って笑った杏里ちゃんを見ながら、私は唇を噛む。
正臣がああして去っていったということは、彼はこの後、廃工場跡へ向かうはずだ。
そうして黄巾賊の将軍としてダラーズに対する報復を始めようとする。
それが、自身の親友や大切な友達との別れを生み出すとも知らずに。

その事態を避けるために、私はどうしたらいい。私には、何ができる?
歩き出した2人を追いかけるようにして歩く私は、うつむきながら静かに考えて。


「…ごめん、私ちょっと急ぎの用思い出したから先に帰るね」

「えっ、柴崎さん!?」

「また明日、2人とも気を付けてね!」

「あっ、は、はい、また明日…!」


戸惑う帝人と杏里ちゃんの声を背中に聞きながら、私は駆ける、駆ける、駆ける。
これがきっと、最後のチャンスだ。
そう思いながら見上げた空には、鮮やかすぎるほどのオレンジ色が広がっていた。

 



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