神様は人間だった


「三ヶ島沙樹はどうだった?」

「……………」

「ああ、それよりも先に学校のことを聞いた方が良かったかな」


あ、おかえり。
リビングへと続くドアを開いた瞬間、私を見ることもなく臨也さんは言った。


「学校は楽しかった?友達と会うのも久々だろ」

「…やめてください。思春期の娘と無理に話そうとしている父親みたいですよ」

「ひどい言い草だね」


わざわざ人が嫌がるようなこと聞いといて、なんて思いながらバッグを床に置きキッチンへ向かう。
その最中も「言われてみれば確かに思春期の娘を持つ父親かもしれない、とはいえ俺は一応君の保護者的な立場だから」云々。非常にどうでもいい。


「何か飲みますか」

「うん」


うん、の一言ということはコーヒーか。
無意識のうちにそう判断し戸棚に手を伸ばしていた自分に気付き、何だか少し眩暈がした。
………決して沙樹ちゃんの言葉を意識しているわけではないけれど、これじゃまるで恋人を通り越して熟年夫婦みたいじゃないか。


「どうぞ」

「ありがとう。それで、学校はどうだった?」

「別にどうもこうもありませんよ。杏里ちゃんも私が臨也さんに軟禁を強いられている間に退院してましたし、みんな元気でした」

「そう、それは何よりだ」


とうとう軟禁という言葉に反応もしなくなったよこの人。
ついでに言うと“何より”だなんてこれっぽっちも思ってないのだろうけど…まあ今更何か言うこともないか。


「三ヶ島沙樹の方は?」

「ちゃんと行って話もしましたよ。5分10分程度ですけど」

「どんな話したの?」

「大したことじゃありませんよ。正臣のこととか、臨也さんのこととか」

「人のこと話しておいて大したことじゃないとか普通言わないよ」


あなたに普通を語られたくない。
そう思いながら自分の分として淹れたお茶を含めば、臨也さんがため息とも違う息を吐いた。


「どうなるんだろうねえ、これから」

「………………」


本当、つくづく嫌な言い方をする人だと思った。
そんなの今更過ぎるっていうのは百も承知しているけれど、それでもこの人のこういう物言いは嫌いだ。

だって今の時点では何も起きていないし、これから先何か起こるとしても、臨也さんがこのタイミングで“どうなるんだろう”なんて言葉を放つのはおかしい。
この人自身が何かを企んでいない限り、おかしい。

けれどこの人は私の願望に反し、そして予想通り、色々なことをぐちゃぐちゃにしてやろうと考えているのだ。
そしてそれは私が邪魔をしなければ、原作やアニメ通りだとすれば、叶ってしまうわけで。


「……どうしよう、じゃないんですか」

「ん?」

「どうなるんだろうじゃなくて、どうしようかな、じゃないんですか」


臨也さんは私と違って、未来を知っているわけじゃない。
けれどまるで“自分の思い描く未来にする力”が備わっているかのように、未来なんて自由自在とでも言わんばかりに、この人の思い通りになってしまう。
そこに想定外の事態があろうとも、結果的にはこの人が望んでいた形になってしまう。

そんなのまるで、


「臨也さん、もしかしたら同じ時間を何度も繰り返してるんじゃないですか」

「何それ?」

「そのままの意味ですよ」


例えば最初は傍観者として。
そうして繰り返していくうちに、どんどん核心に近づいていくように。
これほどまでに思い通りの未来を描くだなんて、タイムトラベラーか、私と同じように別の世界から来た人のように思える。

だってまるで未来を知っているかのようで、それはまるで。


「…神様みたい」


だとしたらもう、私は何もできない。
そう呟いて、私は一人自分の部屋へと戻った。










多分私は、苛立っていたのだろう。
制服を脱ぐこともせずベッドに横たわった私は、ぼうっとしながら考える。


「…何してんだろ」


臨也さんはタイムトラベラーでもなければ私のように未来を知っているわけでもない。
まして神様だなんて有り得ないし、ただ一つ言えるとしたら人より何倍も頭がいいということ程度の、ただの人間だ。

なのに自分の無力さを棚に上げて、彼らを救えないと勝手に悲観して絶望して、みんなとの関わりさえも拒みたくなってしまって。
本当に彼らの未来を思うなら臨也さんなんかにかまけている暇なんてないのに。

なのに、私は。




  コンコン、


「希未、入るよ」


突然聞こえてきた音にびくりと肩を揺らしながら振り返れば、ドアを開き廊下から顔だけを覗かせた臨也さんがいた。
……どうしたんだろう、お腹が空いたからご飯作れって言いにでも来たのかな。


「希未お腹空いてない?」

「…今作ります」


やっぱりお腹が空いたのか。
そう思ってゆっくりと体を起こし立ち上がった私に、


「作れなんて言ってないじゃん。もう作ってあるよ」


平然とした顔で言った臨也さんに、私は目を丸くした。


「…何その顔」

「…何で、臨也さんが」

「君が作らなきゃ誰が作るわけ?今日は波江さん早退してるし、俺しかいないじゃん」


それに、気分じゃなかったんだろ。
その言葉に、私は正直驚いた。
だってこの人はいつだって私の思いなんてお見通しで、言葉遣いや表情の変化に敏感で。
だから今だって、ただなんとなく放って置かれていたのだと思っていたのに。


「ほら、食べるならおいで」


ぐるぐるとした思考から離れさせるように言われた言葉に、無意識のうちに体が動く。
不思議だな、さっきまで空腹感なんてなかったのに急にお腹が空いてきた。


「…何、作ったんですか」

「シチューとオムライスだよ。あとサラダ」


彼のあとをついていくように廊下を歩けば、いい香りが鼻をかすめる。
…この世界に来たばかりの時にフレンチトーストを食べたりはしたけれど、臨也さんのちゃんとした手料理って、もしかしたら初めて食べるかもしれない。

そんなことにわずかな高揚感を覚える私は、もしかしなくても単純なのだろうけど。


「…いただきます」

「どうぞ」


ぼろぼろの卵で覆われたオムライス、ドレッシングのかけ過ぎでびちゃびちゃになったサラダ。
そしてクリームシチューを口に含めば、


「……濃ッ…」

「…そんなに?大袈裟じゃない?」

「いや、ちょっとこれは…疑うなら臨也さんも食べてくださいよ」

「…………うわ、」


スプーンですくった時からそんな予感はしていたけれど、やっぱりものすごく味が濃かった。
作った張本人の臨也さんも眉間に皺寄せてるし…かきまぜたりしてる段階でルーの固さに気付かなかったんですか。


「……料理得意じゃないならちゃんと箱の裏面見ましょうよ。水量とか書いてあるんですから」

「別に下手なわけじゃないよ。君が来るまでは自炊だってしてないこともなかったし」

「なら何でこんな風に」

「希未が普段簡単そうに作るからだろ」


嫌なら食べなくていいけど。
言いながらオムライスに手を付け始めた臨也さんにムッとしないこともないけれど、でも、それ以上に。


「…ふふ、」

「……何?」

「いや、臨也さん、かわいいなって」


私がいつも簡単そうに作るから、自分もできると思っちゃうところとか。
私の料理を食べ慣れちゃってるところとか。
そもそも私が作る気分じゃなさそうだからって、何も言わずに1人で頑張っちゃうところとか。

何でも完璧に見える臨也さんも、こうやって失敗しちゃうところとか。


「ご飯作ってくれてありがとうございます、臨也さん」

「…何、嫌味?」

「違いますよ。ちゃんといただきます」


なぜだか心が温かくなった気がして、安心して。
私は少し、泣きそうになった。


神様なんかじゃなかったね

 



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