少女巻き込み型
「えっと、とりあえず用件を話します」
「はい」
「私は臨也さんに、おつかいを頼まれてここに来ました」
良かったらどうぞ。
その言葉に甘えて椅子に掛けた私は、大きく息を吸い込んだのちそう言った。
「おつかい?」
「というか、むしろここに来ること自体がおつかいだったというか…あの人もよくわからない人で」
…元気かどうか確認してこいって、ずいぶんとまた謎なおつかいだよなあ。
まあ恐らく、この子と接触させることがあの人の目的なのだろうけど――…なんて思いながら次に紡ぐ言葉を考えていると、三ヶ島沙樹がまた小さく笑った。
「あなたは臨也さんの、恋人?」
「まさかッ…そんなおぞましいこと、あるわけないです」
「おぞましいって」
クスクスと笑いながら口元に手を当て、三ヶ島沙樹は私の目をしっかりと見た。
「ごめんなさい。臨也さんのことそこまで言えるってことは、相当親しいんだと思っちゃって」
「……親しい、」
そうなのか。私と臨也さんは、親しいのか?
何度自問自答を重ねてもその答えは見つからなかったけれど、あまりいい気はしなかった。
「…あ、そうだ。敬語使わなくていいですよ、同い年なんだから」
「…ああ、えっと。じゃあ、そうします」
「うん。希未ちゃんって呼ぶから、希未ちゃんも私のこと名前で呼んでくれると嬉しいな」
「…じゃあ、沙樹ちゃんで」
「うん」
満足げに笑った沙樹ちゃんは、話の腰を折っちゃってごめんね、と私の目を見ながら言う。
…えーと。話の腰云々言われたけれど、何を話していいのやら。
「…私のことは正臣と臨也さんの両方から聞いたの?」
「仲がいい女の子の友達が2人いるってことは正臣からも聞いてたけど、名前は臨也さんから聞いたよ。その子が、正臣と親しいっていうことも」
「…そう、」
…本当。どうしてあの人は、こうも他人のことをべらべらと喋るんだろうか。
そんなの考えても仕方がないってことはわかってるけど、それでも自分の知らないところで、自分のことを話されているというのは気持ちのいいものではない。
相手が沙樹ちゃんだったからよかったものの、これが臨也さんの本性を知らない人であれば、正臣に話しちゃってるかもしれないじゃないか。
「前に正臣が言ってたの。2人のうちの片方は大人しいタイプなんだけど、もう1人はすごくいい奴なんだって」
「……そう」
嬉しいはずなのに、何だかとても胸が苦しい。
それはほかでもない、正臣に対する罪悪感だとはよくわかっている。…けど、だからってどうすることができるだけでもない。
臨也さんと暮らしながら、正臣と親しくしている。
それは“臨也さんの思い通りにさせないため”であり、“この世界を生きやすく、かつ臨也さんの行動を把握しやすくするため”という正当化なくして有り得ない状況である。
その正当化なくして、私は臨也さんと暮らしながら正臣と友人関係を続けることなんてできないんだ。
「私のことは臨也さんからある程度聞いてるんだよね?」
「 う、ん。そうだね」
実際は名前以外何一つ聞いてないけど、とりあえずここは乗っておくことにした。
その方が色々とスムーズだろうし、正直に言ったところで面倒くさくなりそうだし。
「私のことは?名前と正臣とのこと以外、臨也さんは何か言ってた?」
「うん。臨也さんとは一緒に住んでるんだよね」
「……………」
本当に、どうしてあの人はこうもベラベラと。
そうため息を吐きたくなったけど、こんなのわかっていたことだと自分に言い聞かせた。
「…それ以外は?」
「特に言ってなかったかな。その話した日、臨也さんあまり長い時間いなかったから」
軽く世間話みたいなのをして、あとは希未ちゃんの話を聞いただけ。
わずかに微笑みながら言った沙樹ちゃんに、私は頭が痛くなった。
「何か私に、知られたくないことでもあった?」
「……、」
「…ふふ、ごめんね。意地悪言っちゃったかな」
相変わらず笑う沙樹ちゃんに、私もへたくそな笑みを返す。
……なんというか、私がこれまで出会ったことのないタイプの子だ。
「沙樹ちゃん、お願いがあるんだけど」
「うん?」
「私が臨也さんと関わりがあるってこと、正臣には絶対に言わないでほしいの」
そう言えば、沙樹ちゃんはわずかに目を見開き、驚いたかのような表情を浮かべる。
けれどそれも一瞬で、彼女はすぐにまた微笑んだ。
「いいけど、どうして?」
「…正臣は、臨也さんのことが嫌いでしょ」
「希未ちゃんは、臨也さんに言われて正臣と仲良くしてるんじゃないの?」
「違うよ、私はッ、」
沙樹ちゃんとは違う。
そう言おうとして、無意識のうちに口をつぐんだ。
「…確かに臨也さんには生活面でお世話になってるけど、臨也さんのやってることには心底軽蔑してるから。…今日は理由があって臨也さんに言われたままここに来たけど、基本的には臨也さんの指図なんて受けたくないし」
「それも言わない方がいい?臨也さんに、だけど」
「別にいいよ。もう何度もあの人に言ってることだから」
「そうだったんだ」
またしても驚いたように目を見開いた沙樹ちゃんは、今度は「ふふ」と声を上げながら笑う。
そして、彼女は。
「希未ちゃんは、きっと特別なんだね」
その言葉に、今度は私が目を見開いた。
そんな言葉を言わないで
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