板挟みが現れた病室


嫌な予感がする。
昨夜の臨也さんの言葉にそんな陰鬱な気持ちを抱え訪れた久々の学校では、本当、悲しくなってしまうくらいあたたかく3人が迎えてくれて、何だか泣きそうになってしまった。

柴崎さん大丈夫?って言ってくれた帝人とか。
杏里も希未もいなかったから俺の学園ライフは潤いをなくして枯れ果ててた、とか言ってた正臣とか。
やっぱりあの時具合よくなかったんですよね、って申し訳なさそうに言った杏里ちゃんとか。

一度しかお見舞いに行けなかったことも、退院の時にすぐに良かったねって言ってあげられなかったことも――…みんなの日常を、守ることができなかったことも。
最後に関しては仕方がなかったとしても、なにひとつ責めることなく、「具合良くなって良かった」「寂しかった」「また4人で遊びに行ける」と喜び、心配をしてくれた3人に対するひたすらの罪悪感で、潰れそうになってしまった。

何ひとつ変わらない、あるいは変わっていないふりをする彼らの中に、すべてを知る私の居場所があることがひどく息苦しかった。
本当ならそこに安心とか感謝とかそういうものを抱くべきなのだろうけど、そういう気持ちが抱けるほど、私は図太くなければ都合の良い発想もできない。

とはいえ、そんな思いを表に出すわけにもいかない。ので。



「心配かけてごめんね、もう大丈夫だから」



とりあえず、当たり障りのないことを言っておいた。
きっと今の私にはそれくらいしか言える言葉がないのだろうし、少なくとも選択を間違えた気はしない。
彼らにすべてを話さない限り、私は、こう言うしかなかったのだ。


「まだ病み上がりだろうし、もう少ししたらまたみんなで遊びに行こうよ」

「…うん、」


唯一なにも知らず、悪意も持たずにいる帝人の言葉に薄く笑って答える。
そんな笑顔を向けてもらう資格も、そんな風に優しく暖かな言葉をかけてもらう資格も有していない私にこんなことを言うだなんて、帝人はむしろ、残酷な人にさえ思えてしまうくらい。
それくらい彼は、彼らは優しくて、とてつもなく息苦しい。


「…ごめんね、まだ本調子じゃないみたいで。もう、席に着いちゃうね」

「え…大丈夫ですか?保健室に、」

「ううん、大丈夫。そこまでじゃないから」


杏里ちゃんの優しさをやんわりと拒み、私はそそくさと席に着く。
…せっかくの厚意に対して失礼だったかもしれないけれど、申し訳ないことに、ちょっと耐えられなかった。

こんなんでこれから私、どうするつもりだろう。
そう考えながら突っ伏して目を閉じれば、彼らが顔を見合わせたような気がした。










避けるようなことしちゃって、申し訳なかったな。
一緒に帰ろうという彼らの誘いを「用事があるから」と断り、たどり着いたのは池袋にあるとある病院。

…昨日の夜臨也さんからの“おつかい”の行先を聞いた時点で、それが何を示すかなんてわかっちゃってたわけだけど――…


「………憂鬱だな…」


真っ白い扉を前にため息を吐いたけれど、ドアを開けなければ先には進まない。
進めずに帰ることもできなくはないが、いずれは臨也さんの知るところになるわけだし…気は重いけれどいくしかないか。

自分を奮い立たせながらドアに手をかけ、


「 こん、にちは」

「…こんにちは」


名乗るよりも早くそう言えば、ショートカットの少女は口角をあげて微笑んだ。


「…あの、突然すいません。私、柴崎希未っていいます」

「…柴崎 希未?」

「えっと、はい。そうです」


目を合わせないよう、彼女が横たわるベッドの足元をぼうっと眺めながら言う。
すると彼女は、なんだか納得したかのように「ああ」と声をあげて。


「正臣の友達ですよね」


その言葉に無意識に顔をあげれば、彼女は相変わらず笑みをたたえたまま、私を見ていた。
そして、


「あと、臨也さんの」


きっとこの状況で私が最も聞きたくなかった人の名前を、ためらいもなく口にした。


「…臨也さん の、なんですか?」

「…ふふ。私も自分で言った割に、よくわかってないんです。ただ名前を聞いたことがあるっていうだけで」

「……………」


あの人は一体なにを話したんだ。
臨也さんのことを思い浮かべた瞬間抱いたそんな思いが伝わったのか、彼女はまたクスクスと笑う。


「…あ、そうだ。遅くなっちゃいましたけど、」


私、三ヶ島沙樹っていいます。
彼女の言葉に、知ってるよ、と言いたくなった。


縮まらない距離を抱きながら

 



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