悩ましきおもちゃのこころ
「はい希未、プレゼント」
まだ何かあるのか。
日中の買い物によって散々物を与えられた私にとって、臨也さんの手にぶら下がる紙袋には恐縮しかできないはずなんだけど――…
わたしは1日の疲れと眠さでくたくただっていうのに、やけに楽しそうな笑顔を見ていると、正直嫌な予感しかしない。
「…昼間の買い物だけで十分すぎるくらいもらったんですけど」
「これは方向性が違うから」
方向性ってなんだよ。
そんなことを思いながらしぶしぶ紙袋を受け取ってみたけれど、やっぱり嫌な予感しかしない。
「…爆弾とか入ってないですよね」
「まさか。俺まで死んじゃうじゃん」
「…ですよね」
っていうか自分が死ななければいいのかよ。
相変わらずの笑顔を浮かべる臨也さんを横目に、恐る恐る紙袋の中を覗く。
「…え。これ、」
「希未ならそれが何かわかるよね?」
緑と青の中間色が大部分を占める中、ちらりと見えた赤いリボン。数日ぶりに見たこげ茶色の革靴。
もしかしなくてもこれは、
「来良の、制服」
「ご名答。さすがは希未だ」
「…褒められてる気がしません」
「だって褒めたつもりないし」
むかつく。
そんな気持ちに任せて少し乱暴に制服を出せば、紙と画面の向こうにしか存在しなかったものが、目の前にあるのを強く感じた。
「明後日から通うことになってるから」
「…どうしてそんな、入学から数日後だなんて半端な時期に」
「その方が注目度も上がるじゃん。おかしなタイミングでやってきた女の子…そういうのに飛びつく奴を知ってるんだよね」
…多分、正臣のことだろう。
来良の1年生で女好きでミーハー、更に臨也さんが絡んでるとくれば、そんなの正臣しかいない。
「…何か考えがあるんですね」
「もちろん。けど希未は普通に過ごせばいい。特に距離を置こうとも、近づこうとも考えなくていいよ」
「………」
私は、どうしたらいい?
アニメの結末を知っている私は、彼らがこの人の策略に巻き込まれて、その末に何が起こるかを知っている。
それはわたしが彼らと知り合いになろうとなるまいと、きっと変わらない。私の存在しないアニメと小説の世界で起きたこととまったく同じ結末が待っているだけだろう。
そして私は、これから起こること以上に、臨也さんが企んで実行して、出来上がってしまうシナリオ以上にぐちゃぐちゃにするつもりはない、けど。
「色々考えてるみたいだねえ」
「……」
「無駄だよ。希未がいくら悩んだところで俺は自分のしたいようにするし、君は預言者なんかになろうとするタイプには見えないしね」
そんなことわかってる。
私が誰に何を言っても、正体を明かさない限り信じてなんてもらえない。
そもそも正体を明かしたところで信じてもらえるかもわからないんだ、そんなリスキーなことは出来れば避けたい。
けど、未来を知ってるのにただ黙って指をくわえて見てるだけだなんて。
そんなことは、許されるのだろうか。
「…わかってるから、悩むんです」
「…ふうん」
「どうしたらいいか、わからないんです」
いつ捨てられるかわからない。
飽きたら明日にでも捨てられるかもしれない。
それはそれで仕方がないとは思うけれど、もし抗わなければ、
「…希未がどれだけ悩んでも、きっと何も変わらないよ。俺も、状況もね」
「…そうでしょうね」
「なら悩むだけ無駄だと思わない?」
「これから引っ掻き回そうとしてる人がよく言いますね」
「引っ掻き回そうとしてるからこそ言うんだよ」
自嘲気味に笑った臨也さんが、ちょっとだけ嫌になった。
ああ、やっぱりこの人はこういう人なんだ。
「…決めました。私の好きなようにします」
「うん、それでいいよ」
「でも、」
でも、これだけは譲れない。
わざわざ言う必要もない気がするけど、それでもこれは私の宣戦布告。
これは私の、この世界で生きる上での覚悟だ。
「私は、臨也さんの駒にはなりません」
臨也さんにわざわざ嫌な思いをさせたいとは思わない。
けどそれは臨也さんに対してだけじゃなくて、他の誰に対しても同じことだから。
私はあなたの指図を受けて、思い通りになんて動きたくないから。その結果たくさんの人が傷つくのは、嫌だから。
「…ははは!やっぱり面白いね希未は!」
「………」
「俺としてもその方が張り合いがある。期待してるから、精々抗ってみてよ」
張り合いって何だろう。
姿を見ただけでまだ出会っていない、正臣のこと、帝人のこと、杏里ちゃんのこと。シズちゃんやこの人自身のこと。
そんなことでいっぱいになってごちゃごちゃして、頭がまともに働かない。
「…私、もう寝ます」
「おやすみー」
その言葉には返事はしない。
ただ、数日後から始まる日々に不安を抱きながら、私は客間のベッドにもぐりこんだ。
プレゼント、それは
(おもちゃと喜劇)(友達と、悲劇)
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