おひさまの嫌う日々
「意味もなく嘘吐くの、やめてもらえませんか」
「なんのこと?」
パソコンに向かいながら言った家主を睨み、無言の圧力のようなものを与えてみる。
……も、一瞬たりともこちらに視線を向けない彼は、私の不満げな様子さえも、楽しんでいるように見えた。
「あれから私、一歩も外に出してもらえてないじゃないですか」
「嘘は良くないよ、そんなまるで俺が軟禁をしているかのような言い方は誤解を生むだけだからやめて欲しいね」
「ほぼ軟禁ですよこんなのッ」
あの出来事から数日。
学校に行くことすら禁止された私は、この臨也さんの家に閉じ込められた状態で日々を過ごしていた。まさに缶詰めである。
確かに臨也さんが言うように、私の発言には誤解を招く可能性があったかもしれない。
それでも、
「外出たって言っても、臨也さんが気まぐれに連れ出した一回きりじゃないですか。それもコンビニ行って帰ってくるだけの10分くらい」
「でも一歩も出てないわけじゃないだろ?」
「自分の意思では一歩も出てないです」
お互い少しも譲ることなく、平行線状態で話は続く。
あの時の様子や本人の言葉からして怒ってないと結論づいたのにどうしてこうなってしまったのか、残念ながら私もわかっていない。
幾度となくぶつけた「怒ってないって嘘じゃないですか」とか「何が目的でこんなことしてるんですか」なんていう言葉にまともな返答が得られるわけもなく、毎度のことだけど適当にかわされてしまい今に至っている。不服でしかない。
「大体、学費とか出してるの臨也さんなんですよ。払うだけ払って行かせないとかもったいないって思わないんですか」
「別に?」
「…………」
別に、と返されたらそれ以上何も言えないんだよなあ。
呆れてものも言えないとばかりに大きなため息を吐けば、
「っていうか希未こそ、俺のこと信用してないんじゃない?」
突然そんなことを言われ、膝の間に埋めていた顔を上げる。
希未こそってことは、多分先日の私の発言を引き合いに出しているんだろうけど……何で今の流れで、そんなことを言われなきゃならないんだろう。
そう思って臨也さんを見れば、相変わらずパソコンに向かっていた。
「どういうことですか」
「俺が何の意味も目的もなく、君を外に出さないでいると思ってる?」
「思ってます」
「正直だねえ」
呆れたように眉尻を下げながら臨也さんが笑う。
その表情に少しだけムッとするけど、それをはるかに上回る疑問が、文句をつむぐことを許さない。
「なにか、理由があるんですか」
「それなりにはね」
「それなりってなんですか」
別に私は、今何かしらの行動を起こそうとしているわけじゃない。
そりゃ何かあればすぐにでも動こうとは思ってるけど…正直、あの一連の出来事による疲労感はまだ消え去ったとは言えないし、現状、私に何かできることがあるようにも思えないの、だけど。
「最近拳銃が盗まれたの、知ってる?」
「…私の身が心配だからとか言うつもりじゃないですよね」
「言ったとしたら?」
「嘘吐きって返します」
そんな嘘で誤魔化せると思ったのだとしたら、臨也さんも大概抜けてるところがある人だと思う。
今回はたまたま私も知ってる展開だからかもしれないけど、そうじゃなくたって、臨也さんがそこまで私を心配してくれるとも思えない。
何かしてくれるとすれば――…精々、仮に撃たれたとして、その報復行為だろう。
だからこそ、更になぞは深まるわけなんだけど。
「ハハッ、まあそうだね、拳銃に関しては君の身を案じちゃいない」
「そうでしょうね」
「でも、半分は本当だよ」
半分ってなんだ。
訝しげな顔で臨也さんを見れば、
「拳銃のことじゃなければ、心配してるっていうのは本当」
静かな声で、しっかりと私の目を見て、そう言った。
…正直、本当だとは思えない。
臨也さんはこの性格だ、血のつながりもなく、こんな腹の探り合いのようなことを続けてきただけの相手である私のことなんて何とも思ってないだろうし、執着心だって抱いてないだろう。
けど、そこにわずかな愛着のようなものが、仮にあったとして――…拳銃以外に、何を心配することがあるのだろう。
「最近黄巾賊の連中が動き出してるのは、希未も知ってるだろ?」
「…そう ですね、」
黄巾賊というワードに、心臓が跳ねた。
きっと今日も普通に学校に行ったであろう大切な友達であり、この人の策略に巻き込まれる“将軍”。
彼を思い浮かべると平静なんて保てなくて、正直な私の心臓はこれでもかというくらいに早鐘を打つ。の、だけど。
「細かいことは今は抜きにしてさ。過激な奴っていうのは、どこの組織にも必ず一定数存在するわけだよ」
「…その過激な奴に何かされちゃわないようにってことですか?」
「そういうこと」
なんかずいぶんとアバウトだけど…これが本当だとしたら、臨也さんは、本当に私を心配してくれているということなのだろう。
…にわかには信じがたいけど、嘘吐いてるようにも見えないしなあ。まあ見抜けるような私でもないんだけど。
「厳密には、黄巾賊の動きとかを見ながら、物騒なことが起きそうかどうかを調べてるってこと。もし何かに巻き込まれて入院だとかになったらそれはそれで面倒だろ?」
「はあ、」
確かに。
そう思ってしまう私はもしかしたら単純なのかもしれないけど、それはこの人の口がうまいってことで納得するとして。
「…でも、そんなこと言ったらいつまでも学校に行けないですよ。学校には風邪って言ってますけど、そんなのずっと通用するものでもないでしょうし、黄巾賊の動きもこれからどんどん活発化するんじゃないですか」
「それは確かにそうだね」
言いながらデスクから離れた臨也さんは、私のもとにゆっくりと歩み寄る。
「希未、学校行きたい?」
「…というより、引きこもりのような生活に疲れてきました」
「素晴らしいね、俺と一緒に暮らしてるとは思えないくらいに健康的だ」
皮肉か、と一瞬眉を眉をひそめたけど、もしかして外に出してくれるのだろうか。
そう期待する私に向かって再び口を開いた臨也さんは、
「じゃあその代わり、おつかいを頼むよ」
おつかい?
そう首を傾げる私に、おつかい、と笑った。
あの子に会う、20時間前
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