そういう魔法をかけてきた


「こうやって盤面を上から見てるとさ、自分が神様だっていう錯覚に陥ってなかなか気持ちいいもんだよ」


三角形の将棋盤をいじりながら、誰に言うとでもなく、ひとり呟く。
普段であれば、ここらで希未が「何言ってるんですか」くらいのことを言ってくるところだけど―……希未がいない今そんな声が聞こえてくるわけもなく、かといって俺に変化があるわけもない。


「神様アターック。えいや」


気の抜けた掛け声とともに、盤上にライターオイルをぶちまける。
手に油がつくのも構わずオイルまみれになった3つの王将を中央に集めれば、遠くで仕事をしている波江がため息を吐いた気がした。


「三つ巴っていいね。しかも、それぞれのリーダー同士が密接にくっついてる。…っと」


将棋盤のすぐ横に置いていたもうひとつの“王将”の手にし、集めた王将の上に乗せる。
そして火を灯したマッチを投げ込めば、


「蜜月が濃ければ濃いほど、それが崩れた時の絶望は高く高く燃え上がるもんだよ」


俺の言葉通り、勢いよく燃え上がった炎は盤上の4つの王将を焦がす。
まるで彼女の熱量のように熱く、そして高く燃え上がる炎に、自然と笑みがこぼれた。


「…4つ目の駒はあの子?」

「そうだね。三つ巴じゃなくて四つ巴になるけど、まあこういうのは多いに越したことはないから」

「…あなた、希未のこと嫌いなんじゃないの」


ため息交じりにそう言った波江は、いつも以上に冷ややかな眼差しを俺に注ぐ。
つい数分前、斬り裂き魔騒動の真相を話した時でさえそんな表情は見せなかったのに、やっぱり自分にとって既知の人物に対してとなれば、この鉄仮面も少しは心を動かすのだろうか。


「まさか、俺がシズちゃん以外の人間を嫌うことなんて有り得るわけがない」

「それにしては扱いがひどいわね」

「そう?別に危害を加えたりしてるつもりはないけど。むしろ特別な待遇を与えてるつもりだよ」

「だから扱いがひどいって言ったのよ」


心底呆れた、とでも言いたげな深いため息を吐いた波江は、書類を整理する手を休めることなく続ける。


「人間を平等に愛しているという割には、あの子には特別な待遇を与えてるって自分でも言ったじゃない」

「言ったねえ」

「その時点で平等じゃないことには気付いているのだろうから、特に指摘はしないけれど…だからこそたちが悪いのよ。それに、あなたがさっき言った“蜜月”は、あなたたちにも当てはまることよね」


確かにそうだ、と珍しく彼女の言い分に納得した。
今自らがしている計画には関係のないことだから忘れていたけれど、確かに彼女の言う通り、それは俺たちにも当てはまる。


「…そうだね。俺との蜜月が濃ければ濃いほど、それが崩れた時の彼女にとっての絶望は高く燃え上がるだろうね」

「その気はあるの?」

「別に意図的に崩そうって気はないよ。そんなことしなくたって、俺がやりたいようにやってる以上、意図せずとも希未は絶望するだろうからね」

「…それを避けようとはしないのね」

「そう簡単に自分の生き方を変えることはできないってだけだよ。ま、避ける必要性も見当たらないし、自分を変えるつもりもないからだけどね」


相変わらずの冷え切った眼差しで俺を向けながら、「やっぱりあなたは最低な人間ね」と波江が吐き捨てた。
そんなの今更なのに、今日はやけに突っ込んでくるな。


「俺はね、波江さん。別に希未のことを嫌っちゃいないどころか、むしろ好意的に思ってるんだよ。あれだけ俺にものを言える子っていうのも少ないし、頭だって悪くない。物事を思考する能力だって年不相応に備わってるようだし、俺の考え付かないようなことを言う時だってある」

「…それが?」

「希未がここに来て一緒に暮らし始めてからもう1年になるけど、俺はまだ、あの子に対する興味を失ってないんだよ」


まさかあんなことを理由の半分に出て行くだなんて、誰が予想しただろう。
そう思いながら言えば、彼女は意味がわからないと言いたげな表情で俺を見る。


「つまりは―……誰かに譲るつもりはないってこと」


俺がそう放った瞬間、家中に響き渡ったインターホンの音に、俺はまた笑った。


王将のご帰宅


(ほら、こんなにも笑みが絶えない)

 



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