パラダイスロスト
《それじゃあここで待ってるから》
「はい、わかりました」
多分15分くらいで戻ります、と言った私はセルティさんに背を向け、病院の中に入る。
あれからすぐに彼らの家を出た私は、新宿の臨也さんの家まで送ってくれるというセルティさんに頼み、来良総合病院に寄ってもらうことにした。
まあセルティさんも、私が臨也さんのところに戻るというのをすぐに了承してくれたわけではないのだけど……岸谷さんの「希未ちゃんの意思を尊重しよう」という言葉に、しぶしぶ納得してくれた。
「…あ、あった」
そんな彼女をあまり長いこと待たせるのも悪いし、今日はちょっと顔を見て少し話して、また後日改めてお見舞いに来よう。
そう思いながら病院を徘徊していた私の目の前に現れたのは、事前に聞いていた杏里ちゃんがいる(であろう)病室。
「杏里ちゃん」
「あ、希未さん…」
恐る恐る扉を開けたけれど、そこには帝人の姿も正臣の姿もなくて、私はほっと胸を撫で下ろした。
…後ろめたいからあんまり会いたくないなんて、きっと明日は学校で会うことになるだろうに、こんなとこでびびっててどうするんだろう。
そう思いながら彼女に視線を向ければ、それはそれは痛々しい姿だった。
「…ぐるぐる巻きだね」
「え?」
「包帯。腕とか」
「ああ…でも、そんなに大した傷じゃないんですよ」
「そっか、良かった」
そりゃほとんどが切り傷なわけだし、もちろん痛いには痛いだろうけど、そこまで長引きはしなそうだな。
彼女の頬に貼られたガーゼや腕に巻かれた包帯を眺めながら、昨夜の出来事を思い出す。
「…あの、希未さん、今日学校休んだんですか?」
杏里ちゃんも何も触れてこないし、私も昨夜のことは、なかったことにしよう。
そう自分の中で決意した瞬間、彼女が少し小さめの声で問いかけてきた。
本来であればまだ学校がある時間にも関わらず私服でここにいて…しかも昨夜の格好と同じであるという点が、恐らく引っかかったのだろう。
でも、あの後セルティさんの家に行って泊まったから…なんて言ったら、結局昨日の出来事に少なからず触れることになってしまうと思う、ので。
「…あー、ああ。うん、ちょっと朝具合悪くて」
とりあえず、学校を休んだのか、という疑問についてだけ答えることにした。
けれどそのことに気付いているのかいないのか、彼女はわずかに目を丸くして。
「え、大丈夫ですか?すみません、それなのに来てもらってしまって…」
「いやいや、もう万全だから。すっかり治ってるから大丈夫だよ」
「あ、そうなんですか。それなら良かったです」
……いくらとっさに吐いた嘘とはいえ、怪我人に心配させるとか…何やってんだ私は。
そう自分自身を戒め、彼女にもう一度意識を戻す。
「正臣たちは来た?」
「はい、1時間くらい前に。学校サボっちゃったみたいで」
「あ、そうだったんだ」
「希未さんに連絡がつかないって、紀田くんも竜ヶ峰くんも、心配してました」
「あー…電池切れちゃってたんだよね。明日学校で謝っとくよ」
…なんというか、病室についてからの私、嘘吐いてばっかりだな。
けれど今の杏里ちゃんにあの人とのことや自分自身のことを話したところで、きっと戸惑わせるだけだろう。
確か杏里ちゃんは臨也さんが今回の件の黒幕であることを知ってるわけだし…うん、仕方がないことなんだ。よし、正当化完了。
「何日か入院するんだよね?」
「はい。でもそんなに長くはなさそうですし、すぐに学校には戻れそうです」
「そっか。杏里ちゃんいないと帝人も正臣も寂しがるし、早く治して戻ってきてね」
…あ、もちろん私も寂しいからっ。
付け足すようにそう言えば、彼女は口元に手を当てて「はい」と言いながら笑った。
「それじゃ、短いけど今日はそろそろ帰ろうかな。また明日3人で来るよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「今日は急いでたから何も持って来れなかったけど、明日は何か買ってくるから、楽しみにしてて」
「そんな…でも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑みながら言った杏里ちゃんに、また明日ね、と口にして病室を後にする。
ドアにもたれてため息を吐いた私は、ひとつの決意を胸に、歩き出した。
彼らを守る、そのために
(あの人と、自分と、向き合おうと思う)
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