飼い猫だとしたのなら


《大体、最初から良くないと思っていたんだ!臨也みたいな男と未来ある女子高生が一緒に暮らしているだなんて教育に悪いし、希未ちゃん自身の人格にも悪影響だろう!》

「うんうん」

《あんな奴と希未ちゃんが一緒に暮らしていただなんて今考えてもおぞましい、きっと希未ちゃんの、悪い未来を変えたいという純粋な気持ちを弄んで利用して――…》

「まったくもってその通りだよセルティ」

《……お前は本当に聞いているのか?》

「当たり前だよ!僕がセルティの言葉を聞き逃すわけがないじゃないか!」


…あれは完全に、誰かのために必死になっているセルティさんの人間性(と言うのだろうか)の素晴らしさに感動してるとかそっち系だろうな、きっと。
岸谷さんがとってくれた露西亜寿司の出前をもぐもぐと食べながら、目の前で繰り広げられる光景に小さくため息を吐く。


「…私、やっぱり一人で暮らします」

《!? どうしたんだいきなり!》

「いや、私いたらお邪魔になっちゃうので」

《邪魔なんてとんでもないよ、むしろ1人増えることで明るくなって良いくらいだ》

「……そう、ですかね」


どちらかと言うと、2人の仲を心配しているんじゃなく、岸谷さんのことを心配しているのだけど…まあセルティさんがこの様子だし、言ってもどうにもならないことなのかもしれない。
この家というか2人の関係性において、基本的にセルティが絶対というか何というかって感じみたいだしな。

とはいえ、そういう方面のことも含め、まったく気を遣わずにいるというのも無理な話なので。


「…とりあえず、バイトするなりなんなりしてできる限り、」プルルル


お2人には更なるご迷惑がかからないように云々かんぬん。
そう続けようとしていた私の言葉を、この穏やかな空気を、けたたましい電話の音が遮った。


「仕事の電話かな」


そんな独り言を呟き、少し離れた場所に置いてある携帯を手にした岸谷さんは。


「あれ、臨也だ」


私の心中なんて知ってか知らずか、小さな声でそう言った。










「やあやあ、久しぶりだね」

『久しぶりだね、じゃないよまったく。君は今がどういう状況かわかってるのかい?』

「どういう状況って?」

『……はあ』


突然かけた電話にも関わらず、まるでそう遠くないうちに着信することがわかっていたかのような対応をする新羅に、わずかに笑みがこぼれた。
確認するまでもない。
希未は今新羅のところにいて、少なからず、自分自身のことを話したんだろう。

あれからおよそ12時間。
こんなにも長い時間希未と離れたことがあっただろうか、と一瞬だけ考えたけれど、そんなの今はどうだっていい。


「希未は?」

『…今食事中だよ』

「代わって」


無駄な話をする気はない。
早々に伝えた用件にそんな思いを込めたけれど、


『その前に、ちょっと待って』


そう言った直後、電話の向こうから聞こえてきたどこかの扉を開く音。

…この様子から察するに、新羅には伝わっていないか―……あるいは、伝わっているが、聞き入れる気はないといったところだろう。
恐らくというより確実に後者であろう奴の態度に内心ため息を吐きながら、「何?」とだけ短く返す。


『彼女から聞いたよ、色々とね』

「そう。それで?」

『俺は別に、君たちのことや関係に口出すつもりはない。希未ちゃんの命が脅かされているわけでもないしね』


…こんなうららかな春の日差しが降り注ぐ真昼間に、ずいぶんと物騒なことを言うものだ。
窓から差し込む鬱陶しいくらいに明るくあたたかい日射しに、目を細めながら、もう一度「そう」と呟く。


「…新羅、何が言いたいわけ?俺たちのことに口出すつもりはないんだろ?」

『ああ、ないよ。けどね、臨也』


予想外に柔らかな声色で呼ばれた自分の名前に、わずかな違和感を抱かざるを得なかった。
そしてその声色のまま言葉をつむぎ続ける新羅は、


『もし、希未ちゃんを手放したくないなら』


もう少し、彼女自身を見てあげなよ。


(余計なお世話だよ、馬鹿野郎)


 



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