世界における、希望が3つ


翌日、朝。
ぱちりと目を開けた瞬間視界いっぱいに飛び込んできたのは、当然と言えば当然、1年をともにしてきた新宿の自宅(と言っていいのだろうか)の天井ではなく、見慣れない茶色い木目調のそれであった。

ということで、今日の目標。
今後の自分の生活について考え、もろもろを決めること。


「おはようございます」


昨日の疲れが出たのか、何だかだるい気のする体に鞭を打ってリビングに向かう。
そこには私よりも先に目を覚ましていたらしい2人が仲睦まじくソファーに腰かけていて…お邪魔かな、と思いつつも、声をかけてみた。
いつまでも来客用の部屋にこもってるわけにもいかないしね。


「ああ希未ちゃん、おはよう」

《おはよう。よく眠れた?》

「はい、ありがとうございます。…あの、朝から早々に申し訳ないんですけど」

「どうしたの?」

「ちょっとご相談があるんですけど、よろしいでしょうか」


迷惑をかけているという自覚があるからか、普段よりも堅苦しい口調になってしまう。
けれど私のそんな面に対し(主に岸谷さんは)何も言うことなく、「いいよ」と言ってソファーを指す。


「えっと…これからのことなんですけど」

《ああ、私たちも今そのことを話していたところだよ》

「…え、そうなんですか?」

「昨日希未ちゃんがお風呂に入ってる間に静雄から連絡があって聞いたんだけど、どうやら臨也と喧嘩したらしいね」

「…………」


平和島さん、そんなところまで気にかけてくれていたのか。
本当今回はいろんな人に迷惑をかけすぎていて、頭が上がらないどころか地中に埋まってしまいそうなくらいに申し訳がない。


《…何があったんだ?》

「なんというか…簡単に言えば、自分が嫌ってる平和島さんを私が慕ってるからって、私が何かに必死になって、それに少しでも平和島さんが関わってたら、私がやってる行動を全部平和島さんのためだって思っちゃう臨也さんが嫌だった…みたいな感じですかね。それで、臨也さんのそういうところが嫌で、嫌いなんですって言っちゃって」

「わー、すごいね」


昨晩同様目を丸くして言った岸谷さんだけど、相変わらず何がすごいのかわからない。
でもきっと昨日と同じで、臨也さんに対してこんなことを言う人はそうそういないという意味なんだろう、と、思っていたのだけど。


「そういう理由で臨也を嫌う人初めて見たよ」

「……そっちですか」

「だってたいていはあいつの性格の悪さを嫌うじゃん?」

「まあそうかもしれませんけど…それは今更ですし、それがなかったら臨也さんじゃないですからね」


改めてすごい人だな、とあの人を思い出しながら苦笑する。
嫌われて当然くらいの勢いがある人ってそうそういないし……臨也さんって、やっぱり特別な人なんだろうな。主に悪い意味で。


「それでまあ、何というか…もういらないって思ったら、岸谷さんかセルティさんに連絡してくださいって言ったんですけど…連絡、来てますか?」

「いや、来てないよ」

《私のところにも来てないぞ》


…つまりどういうことなんだと、一瞬頭を悩ませた。
私は確かに、「いらないって思ったら、岸谷さんかセルティさんに連絡しておいてください」と言った。
にも関わらず連絡が来ていないということは…つまり、帰ってもいいってことなのか?


「……いやいやいや安直すぎるだろ」

《?》

「あ、いえ…すいません、何でもないです」


つい漏れた独り言にあわてて口をつぐみ、コホンと咳払いをひとつする。
臨也さんのことだ、本当にいらないと思っていたら律儀に連絡なんて寄越してこない可能性だって大いにある。…ということを考えると、やっぱり自分の今後については考えないといけないわけだけど。
…本当に身ひとつで来てしまっただけに、真面目にどうしようか。


「……保証人なしでも契約してくれるところか…」

「…ええと、希未ちゃん。君は今何を考えているんだい?」

「え」


腕を組みながら言った私に、少しだけ呆れたような岸谷さんが言う。
何って、そんなの。


「ひとり暮らしのこと、ですが」

《駄目駄目駄目駄目!!》

「えっ何でですか、別に私の学校の友達もひとり暮らししてますし、大丈夫ですよ」

《その前にもっとこう…色々あるだろう!》


色々って何だろう。
そう聞く間すら与えられず突き付けられたPDAを見れば、《そういうことを考える前に、まず周りに頼ることを覚えろ!》と言われてしまった。
…周りを頼れって、言われましても。


「そういう人いませんし…あ、お金に関してだったら大丈夫ですよ、多分。臨也さんの仕事の手伝いしてましたからそれなりにお金は貯まって、」

「あー希未ちゃん、ごめん、ちょっと待ってね」


こちらに向けて手を伸ばし、私の言葉を遮った岸谷さん。
一体どうしたんだろうと思いながらもその動きに目を向けていると、


「セルティ落ち着いて、…うん、気持ちは僕もよくわかるよ、けど――…」


…あれ。これって、完全に私が悪い系のあれだよね。絶対そうだよね。
私ってば無意識にまずいことを言ってしまったのか、と背中に冷や汗が伝いそうになるのを感じながら、2人のやりとりをうかがう。


「ごめんね希未ちゃん、お待たせ」

「…っあ、はい、すいません…」


何に対してかわからない謝罪をすれば、セルティさんが私からわずかに顔を背けて、PDAを向けてきた。
そこに打ち込まれていたのは、《もっと私たちを頼れ》という、短い言葉で。


《私や新羅だけじゃない、静雄だっているんだ。事実あいつだって、昨日の電話の時に『俺のとこ来させてもいいから』って言っていたんだぞ》

「…え、そうなんですか」

「うん。今日も仕事があるからとか色々な理由があったから帰ったけど、静雄くんも希未ちゃんのことすごく心配してたんだよ」


まさか、そこまで心配してくれているとは思わなかった。
正直な話、私は作品を通してこの人たちのことは知っていたし、だからこそ、私が好きになったり心配したりすることはあれど、その逆なんてあるわけがないと、思っていたのに。


《希未ちゃん、しばらくここにいるといいよ》

「…え」

「連絡が来てないからって、臨也のところに帰れないんだよね?」

「…そう、ですけど」


流石にそれは私の中の常識のようなものが、許さないのだけど。
…なんて、心の中では思いながらも、さっき言われた言葉やこの空気を前に、そんなことを言い出せるわけもなく。


「……すいません、」

「だから、謝り過ぎだって」


どうしていいかわからずにとりあえず頭を下げれば、岸谷さんがまた苦笑した。


輝かしい世界であった


(私が気付いていなかっただけ)


 



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