少し、疲れちゃった。
《大丈夫?》
抜け殻のようにへたり込む私にそう声をかけてきたのは、セルティさんだった。
「…………」
言葉を発する気にはなれずこくりと頷けば、彼女は納得したように私から離れていく。
そしてそのまま杏里ちゃんの方に目を向ければ――…その瞬間こそ視線がぶつかったものの、すぐに逸らされてしまった。
まあ当然の反応なのかもしれないけど……少し、さみしい気もする。
「え……?」
でも、やっぱり仕方ないんだろうな。
そう自分を納得させようとしていた私の耳に届いたのは、困惑の色をはらんだ杏里ちゃんの声だった。
その声に何事かと彼女を見れば――…杏里ちゃんは、倒れている贄川春奈を肩に担ぎ、バイクに向かっていくセルティさんを、眺めていた。
そしてそんな杏里ちゃんの困惑に気付いたかのように、セルティさんは片手でPDAに文字を打ち込んでいく。
「せ、セルティさん!あの、私……」
どんなやり取りをしているのか、厳密な内容はわからない。
ただ原作やアニメの内容と同じなのであれば…きっと、贄川春奈は自分の知り合いの医者に見せるだとか、謝らなくていいだとか。
きっと、そんなことを言っているのだろう。
《希未ちゃん》
「えっ」
それにしても、何ともあっけなく、私がこれっぽっちも介入する余地のないまま終わってしまったけれど――…これからどうしよう、どこに行ったらいいのかな。
そう考えていた私にPDAを突き付けてきたセルティさんは、いつの間にこちらに歩み寄ってきていたのだろう。
「どうしたん ですか」
《行こう。立てる?》
「え、」
行くって、どこに。
そう問おうとした瞬間PDAを向けてきたセルティさんは、まるで私の疑問なんて予想していたかのようで。
《私の家に連れて行くよう、静雄に頼まれててね。自分からもメールしておくって言ってたから、届いてるんじゃないかな》
「…すいません、私携帯取り上げられてて」
《………臨也に?》
言い知れぬ気まずさのようなものがあったけれど、隠していたって仕方がない。
そう思いながら頷けば、首のないセルティさんがため息を吐いた気がした。
《…静雄は『家に連れて行ってやってくれ』としか言ってなかったから何があったのかは知らないけど、色々あったんだね》
「…そう、ですね」
《でも安心していいよ、静雄も後から来るって言ってたから。新羅と面識はあるんだよね?》
「あ、はい、何度かお世話になってて」
それなら良かった、とでも言いたげに私に手を伸ばしたセルティさんの手を掴めば、引っ張るように立ち上がらされる。
…そっか。平和島さん、あんな状況でも私のこと気遣ってくれてたんだ。
彼の優しさに、心にぽっかりと空いた穴がほんの少し埋まったような気持ちになって、本当にちょっとだけ、余裕が生まれたような気がする。
……私にも。
誰かにそんな余裕を与えたり、できるかな。
「 杏里、ちゃん」
怯えてると言ったら語弊があるかもしれないけれど、それに準じた感情を抱いているだろう彼女を呼べば、その肩がわずかに震えたような気がする。
……人を気遣うのって、難しいな。平和島さんすごい。
「…今日はごめんね。いきなり変な電話したりして、おかしいって思ったと思う」
「…あの、希未さ、」
「いいよ、何も言わなくて」
…どうして、こんな月並みな言葉しか出てこないんだろう。
もっと上手に杏里ちゃんの不安とかを消してあげたかったのに、という思いも確かにあるけれど、ためらいがちなその表情と恐々な声を目にし耳にしたら、それ以外に適当な言葉が見当たらなかった。
「なんていうか、難しいんだけど」
「……………」
「女の子には、秘密のひとつやふたつくらいあるのがちょうどいいと思う」
ほら、その方がね。ミステリアスだし、魅力的っていうか。
付け足したそれらの言葉も含め、馬鹿みたいなことを言っているという自覚は、大いにあった。
でも彼女の不安げな表情やまとった空気を前に、今回のことを掘り下げようだなんてことは、とてもじゃないけど思えなくて。
「だから――…私は杏里ちゃんの秘密、何も知らないから」
「…え?」
「私も、秘密あるけど、内緒にしておくことにする」
その方が魅力的でしょ?
へたくそな笑顔をうっすらと浮かべて言えば、不思議そうでありながらも、どこか安心したように杏里ちゃんも笑ってくれた。
彼女の秘密を知っている私。
そして彼女の秘密を――彼女と出会う前から知っているという、そんな私の秘密を知らない杏里ちゃん。
何だかフェアじゃない気がするけれど、そんなことは今更言っても仕方がない。
私が彼女の秘密をずっと前から知っていたと彼女が知らないのであれば、わざわざ自分の素性を話すことはないだろう。…この様子から察するに、杏里ちゃんだってきっと、自分の素性について話したくないのだろうし。
それがわかっているにも関わらず、私だけが自身の抱える秘密を話したら、恐らく彼女に対して、『自分も話さなきゃいけないんじゃないか』なんて思いを抱かせることになるだろう。
そんな精神的な負担を与えるくらいなら、別に聞かなくたって(わかってるから)構わない。
けれど、ずっとずっと言わなくてもいいだなんてこと言ったら、それはそれでおかしいと思われるかもしれないから。
「でも…いつか教えてくれると、嬉しいかもしれない」
今は、これで十分。
そう強く思って笑いかければ、彼女は「はい」と小さく笑った。
ずるい私で、ごめんね
(そうして夜から逃げるのです)
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