輝かしい未来が爆ぜた
私は何のために、この世界に来たのかな。
目の前に広がる光景に漠然とそう思う私は、彼女に声をかけることすら出来なかった。
「愛してあげてください」
「贄川先輩も――罪歌のことを……愛してあげてください」
「先輩は、私と違って……人を愛することができるんですから……」
私が背後にいることにも気が付かず、贄川春奈にそう告げる杏里ちゃん。
彼女がその手に持ち、贄川春奈の喉元に突き付けているのはどこからどう見ても日本刀で、それが罪歌であるのだと、一目でわかった。
私が諦めたら、失われるものがある。
それがわかっていたから私は行動を起こしたのに、いざ思うままに動いたらどうだ。
ギリギリのところで間に合わなくて、すんでのところで届かない。
こんなの、私がこの世界に来た意味なんて、ないじゃないか。
そんな思いからか自然と唇を噛む力は増し、眉間には皺が寄り、握った拳の内側に爪が突き刺さる。
私の思いに関して彼女は何の罪もないはずなのに、意識を失って倒れている贄川春奈が、どうしてこんなに恨めしいのだろう。
「あ、杏里。杏里……なのか?」
その時左側から聞こえてきた声に視線を向ければ、そこには見知った男の姿があった。
…アニメでは杏里ちゃんの正面にいたはず、だけど。
「な、何をしたのか知らないが……こいつは前に職員室で俺に切りつけてきた奴でな…問題にならないように学校で隠蔽して転校させたんだが…くそ、まだ諦めてなかったのか」
杏里ちゃんの目の前に倒れている贄川春奈を、まるで汚らわしいものでも見るかのような目で眺めながら、静かに言い放つ那須島。
どうやら私がここに来たことには気付いていないらしいけれど、
「ひッ!」
「…え?」
唐突に上がった那須島の声に振り返った杏里ちゃんが、私の姿をとらえて、小さく呟いた。
「希未さん……?」
何を言っていいかわからなくて、つい視線を逸らしてしまう。
その代わり、とでも言うかのように振り返れば、エンジン音もなく現れたセルティさんの姿があった。
…ああ、那須島はセルティさんに驚いて悲鳴のようなものを上げたのか。
どこかふわふわとした思考でそんなことを考えていると、那須島が杏里ちゃんの方に近寄っていく。
「な、そ、園原、先生と一緒に逃げよう、な?な?」
まるで私なんて見えていないかのように、存在していることに気付いていないかのように、杏里ちゃんだけに向けて那須島が放った。
…悲鳴を上げる直前、こっちを振り向いた時にばっちり目合ってたのにあの野郎。
こんな状況になってまで杏里ちゃんに対する下心を忘れない那須島に、呆れと嫌悪のため息が出る。
けれど彼女は、自身の肩に乗せられた、那須島の手を迷いもなく振り払って。
「どッ……どうして拒否するんだ?な、園原、いじめっ子から助けてやっただろ?前、な?」
「…その借りは、もう返しました」
「ま、まさか今ので?そ、そんなことを言っている場合じゃないだろう!」
「いいえ…今のは私のためにやったことですから……」
どういうことだ。
その言葉は口にしないまでも、不思議そうな顔の那須島には背を向けたまま、杏里ちゃんは諦めたように口を開いた。
「…私は――ついこの間まで、この黒バイクさんが斬り裂き魔だと思ってました…だから、先生が襲われるんだと思って、もう、無我夢中で――先生を助けたかったから……」
「え……」
「先生が好きだからじゃありません。嫌いだからです……ッ!だから、先生への借りは絶対に返しておきたかったから……!」
はっきりとした杏里ちゃんからの拒絶に、那須島の顔が引きつっていくのがわかった。
私たちを――…自分を取り巻く空気の冷たさにようやく気が付いたのか、那須島は、何も話さない。
「先生は、どうして黒バイクさんに追われていたんですか?一体、何をやったんですか……?」
そう問いかける杏里ちゃんが振り返ったと同時に、那須島が彼女の手元に目を向けた。
そして“それ”に気付いたと同時に、
「お、おおお、おお、お前もか、お前もなのか杏里ぃ!お前も、俺にその刀を向けるのかかかかか、かッ、カッ」
大の男が情けない…と言うのは、流石に可哀相かもしれないけれど。
那須島は狂ったように声を上げたけれど、最後の方はすっかり震えてしまって、とても会話にならない様子で。
「いいえ、先生」
杏里ちゃんはうっすらと笑いながら、後ずさりしていた那須島に歩み寄る。
「私と贄川先輩は違います」
「私は――先生のこと、大嫌いですから」
それでも彼女は輝いていた
(あなたたちの未来に、一筋の闇が差したというのに)
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