「さようなら」の予行練習


「すいませんでした。色々なこと頼んじゃったり、たくさんご迷惑おかけしちゃって」

「ばーか。何言ってんだよ」


池袋のどの辺りかはわからない道路の路肩で行われる、私たちの静かな会話。
もう本当、ご迷惑ばかりおかけしちゃって本当に申し訳ない…けど、一刻も早く杏里ちゃんのところに行かなきゃ。
そう思っていた私の頭を、平和島さんが優しく撫でる。


「何かあったらいつでも連絡しろって言っただろ?」

「…はい、ありがとうございます」

「おう」


頼ってもいいと言われることが、こんなにも嬉しいものだとは知らなかった。
それはきっとこの世界に来て、天涯孤独以上の孤独感を抱いていた私だからこそ、余計に思うことなのだろうけど。


「あの、平和島さん」

「ん?」

「私、平和島さんのこと大好きです。力が強いとこも含めて、本当に本当に大好きです」


だからというわけでは、ないけれど。
どうしてか私も、与えてもらった安心感とか、そういうものを平和島さんに得てもらいたくて。


「平和島さんの力は、人を傷つけるだけじゃなくて、誰かを守れる力でもあるんです。私は、それを知ってるんです」


あとでちゃんと、全部話すから。
そんなことを思いながら、だらりと下がっていた彼の手に触れて。


「私は平和島さんのことが大好きです。だから、負けないでください」


怖くないよ。あなたの力は人を傷つけるだけじゃないんだよ。
そう伝えたくて、恐る恐るではなく、がっしりとその手を握りこめば。


「…ありがとな」


少し困ったように、けれど嬉しそうに笑った平和島さんが、空いている方の手でもう一度私の頭を撫でる。
これならきっと、大丈夫だろう。
別に原作通りいってもアニメ通りいっても絶対に負けることのないこの人だけど、それでも、平和島さんに少しでも勇気なり自信なり、プラスの気持ちを与えられたなら、私はそれで十分だ。


「それじゃあ私、行きますので」

「おう。気を付けろよ」

「平和島さんも。気を付けてくださいね」


ゆっくりとその手を離せば、平和島さんを乗せたバイクが勢いよく走り出す。
それと同時に走り出した私が向かうのは、ただひとつ、杏里ちゃんの自宅だった。










「はあ、っ…」


どうしてうまくいかないんだろう。
臨也さんはあんなにも上手に出来るのに、何だって思い通りなのに、どうして私はその臨也さんといつも一緒にいたのに、うまくできないんだろう。

そんなことを思いながら池袋の街を走る私を、すれ違う人々が不思議そうに眺めている。


「…ッ、」


携帯を奪った臨也さんが恨めしい。
目的地である杏里ちゃんの家に向かうまでのルートを把握できるような場所に降ろしてもらわなかった、自分自身が恨めしい。

早く杏里ちゃんのところに向かわないと。
そんな思いばかりが先行して、いざ彼女の家に行こうと周囲を見渡した時、自分の目に映る街並みが見知らぬそれだった時は絶望した。

考えてみれば、池袋における私の行動範囲と言えば、学校と駅の往復が大半なんだ。
もちろん遊ぶことだってあるけどわざわざ駅から離れたところでっていうことは少ないし…私はこの世界に来て1年が経つというのに、この街のことを、あまりにも知らな過ぎた。


「着いた…ッ」


それでも、少し時間はかかったし自分の記憶力も不安だったけれど、何とか杏里ちゃんの家に着くことはできた。
それにほっと胸を撫で下ろし、電気がついている彼女の部屋――…2階に向かおうと、階段に足を駆けようとした時だった。


「アハハハハ!」


自分の立つこの場所からもそう遠くないであろう、見えないどこかから聞こえてきたそんな声。
聞き慣れないその高笑いに、私は今日一番の絶望感に包まれた。


現実は非情だと、あの人が笑った


(諦めなかった、はずなのに)


 



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