最後の砦がやってくる
どうしたもんか。
そんな臨也さんの声が聞こえてきそうなこの家には、私と臨也さんの、2人しかいない。
私が平和島さんのことを大好きだと信じて疑わないことが、少し寂しかったから。
そんな子供のような理由で拗ね始め、臨也さんからの言葉だけを無視し、早数時間が経った。
…いや、平和島さんのことが好きなのは何も間違っちゃいない。
彼のことは人として好きで慕っているし、場合によっては、平和島さんの身を案じたり、彼のためになるような行動とかだってきっと起こすだろう。
けれど、理解できない私の行動×少なからず平和島さんが関わっている=平和島さんを思うが故の行動、と結論付けてしまう臨也さんが、嫌だった。
何でもかんでも対平和島さんに関連付けてしまう臨也さんが、嫌で嫌で仕方なかった。
「…………」
とはいえ、無視までするつもりはなかった。
ならどうして無視したのか、と聞かれれば答えは簡単。雰囲気的に、そうした方が良さそうだったから。
本人たちは小声で話してたつもりなのかもしれないけど――…全部聞こえてたんだよなあ。
だからこそ、あ これ無視した方が良さそうな流れだ、と思って無視をしてしまったんだけど…そんな浅はかな考えを、思いの外引きずってしまっている。
無視なんてさっさとやめて普通に話そうと私も思っていたのに、あれ以降臨也さんが声をかけてくることはなく……何というか、声をかけるタイミングを失ってしまったのだ。
でも、だからと言ってずっと黙りこくっているのも何だし、
「…ねえ、希未」
どうしたものか、と私自身も思い始めていた時だった。
波江さんも帰り、静かだったこの家の中に、決して大きいとは言えない臨也さんの声が響く。
「コンビニでも行く?」
え、何でコンビニ。
突然の言葉にそう思いながら臨也さんと(数時間ぶりに)視線を合わせれば、彼の表情にわずかな安堵の色が見えたような気がした。
「いつまでも無視されてたんじゃ頼みたいことも頼めないんだよ。ってことで、甘いものでも買いに行こう」
「…甘いもの、」
「そう、甘いもの。希未好きだろ?」
ご機嫌取りですよ、っていうのは、本人に言っちゃいけないことだと思うのだけど。
まあ勘違いしてる臨也さんは放っておくとして、事実不機嫌でもなんでもない私からしたら、こんなのはラッキーでしかない、わけ で。
「…………あ、」
もしかしてこれって、アレなのか。
真っ暗な空の下、池袋からやってくるバーテン服のことを思い出しそんな漠然とした思いを抱く。
…作品におけるあのシーンが、どれくらいの時刻かなんて正確にはわからない。
けれどもしこれが、外に出た瞬間に、彼らと会えるチャンスなのだとしたら。
「いき、ます」
逃すわけにはいかない。
杏里ちゃんやセルティさんのことを疑っているわけじゃないけれど、万が一という可能性もあるんだ。
そう思って小さく笑えば、臨也さんも笑って、私に手を伸ばした。
「…ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
訪れたコンビニでこれでもかというくらいたくさんのスイーツを買ってくれた臨也さんは、お金を払った側だというのに、なぜか上機嫌そうに見えた。
まあその実は、甘いもので簡単に釣られる私に愚かしさを感じながらも、うまいこといったから…とかっていうことなんだろうけど、だとすればこの人も大概愚かしいと思う。
そんなことを思いながらの帰り道、私を包んでいたのは焦燥感だった。
現れるとすればマンションを出た瞬間か戻る時だろうと踏んで外に出たはいいけど、向かう時に会うことはできなかった。
とすれば、帰りか――…会えないかの、どちらかしか存在しないんだよな。
そう思って内心ため息を吐いた時、
「…ん?」
臨也さんの声に顔を上げ、自分の数メートル前方に目を向けた私は、何だか泣きそうになってしまった。
「平和島 さん、」
私たちの住むマンションの前で、今にも扉を蹴破ろうとしている平和島さん。
その姿になぜだか、何だか、“ああ良かった”なんて思ってしまう私は、きっと臨也さんからしたら恨めしいだけなのだろうけど。
それでも、来てくれて良かった。
そう安心する私の思いなんて、誰も知らない。
3人の未来を守れるのなら、
(あとでいくらでも怒られようと、決意した)
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