「うわあすごい!見てください静雄さん!」
「あーはいはい…わかったから大人しくしろ」
いつにも増して人の多い池袋。
波に飲まれないようにと握ったその手は、とても小さかった。
「ふふふー」
「…どうした?」
「いやあ、お祭りなんて久しぶりです!」
9月のある日。
まだまだ残暑の厳しいこの頃、池袋では毎年祭りがある。
そして夏にどっか連れて行ってやることも出来なかった俺は、祭り行くか、と美尋に言ったわけなんだが。
「あ、チョコバナナだ!」
「ちょっ…おい、引っ張んな!つーか今持ってるもん食ってからにしろよ」
「あー…そっか…」
「…ンな落ち込まなくてもチョコバナナなんていくらでもあんだろ。ちゃんとそれ食ってからでもなくならねぇよ」
「はーい」
いつもより少しだけ輝いているような気がする、池袋の街。
はぐれないようにという名目でつながれているこの手だが、食のために離そうという考えは美尋にはないらしい。
まあはぐれでもしたら困るからだろうが、俺としては悪い気はしない。
「んんん…、ほら、食べ終わりましたよ!」
「じゃあチョコバナナ食うか?」
「あー…でもわたあめも…あと鮎の塩焼き…」
「はいはい、順番な」
ドヤ顔でイカの刺さっていた串を見せてきた美尋に、思わず笑みがこぼれる。
本人に言ったらすごい勢いで否定されるんだろうが、やっぱりまだ俺に気を遣っている様子の普段の美尋とは違い、今日のこいつは年相応のはしゃぎっぷりだ。
つーかお前鮎の塩焼きって、甘いもんからいきなり渋いな。
なんて考えていると。
「そうだ静雄さん!」
「ん?」
「今日早めに切り上げて、あとで花火やりませんか?」
「あー…じゃあドンキ寄って買ってくか」
「はい!」
買ったばかりのチョコバナナをもぐもぐと食べながら話す美尋を見て、ちいせえな、なんて当たり前のことを改めて思った。
いつもすぐそばにいるんだからこいつが小柄だということなんてわかりきってるはずなのに、はぐれないようにと気をつけているせいか、いつにも増して美尋が小さく見える。
まあその小さい奴は珍しくはしゃいでて、それとともに、夏休み中にどこも連れて行ってやれなかった罪悪感が少しずつ消えていくわけだが。
「静雄さん、楽しいですね!」
「…そうか?」
「楽しくないですか?」
「いや、そうじゃねえけど」
いつもの美尋ならここで眉尻を下げながら不安そうな顔をするんだろうが、何度も言うように、今日の美尋はいつもと違う。
普段ならこんな人混みは苛立ちの原因でしかないはずなのに、隣にいる美尋が終始笑顔なせいか、不思議と苛立ちもしない。
苛立ってもこいつの顔を見ればすぐにそれは消えるし、我ながら珍しいこともあったもんだ。
「ふふー、楽しいなあ」
「よかったな」
「はい!」
静雄さん、本当にありがとうございます!
満面の笑みでそう言った美尋に、なぜか心臓がどくりと脈打った。
……何だこれ、意味わかんねえよ。
「…お前が楽しいならよかったよ」
「わたしは静雄さんも楽しい方がいいんですけどもー」
「楽しくないなんて言ってねえだろ。今日はキレてもいねえし」
「ふふ、そうですね!」
そう。こんな状況において俺がキレていないというのは、本当に珍しいことだった。
辺りを見回せばカップルや家族、友人同士で来てる者もいれば、謎の大所帯も楽しげな様子で街を練り歩く。
いつもと違ってキレてない俺に、にこにこと笑う美尋。
よく見ればその手はかたくつながれているんだから、友人関係や兄妹には…まあ見えないだろうな。
さしずめ、恋人同士にでも見えるのだろう。
「…あ?」
「どうしましたー?」
「…いや、何でもねえ」
ちょっと待て、今何を考えた?
恋人?いやいやいやちょっと待て俺。
こいつは俺の同居人、そして俺はこいつの同居人…兼、保護者的なアレって関係だろ。
第一こいつはまだ高校生だ、俺だってさすがに犯罪を犯すつもりはない。
「…静雄さん?」
犯罪を、犯すつもりはない。
けど、だとしたら俺にとってのこいつは何だ?
いつも通り俺の顔を下から見上げて、名前を呼んで。そんないつもと同じことが、どうして今は違く見える?
「…っ、」
「…あ、悪い」
無意識に、握っていた手に力がこもってしまったらしい。
突然訪れた痛みに顔を歪ませた美尋に謝れば、いつも通りやわらかく笑う。
「もう、どっか行ったりしませんよー」
「あー…そう、だな」
「…大丈夫ですか?疲れちゃいました?」
「いや、大丈夫だから気にすんな」
気にすんな、と俺はハッキリ言った。
いや、その前に大丈夫だともハッキリ言った。
にも関わらず俺が疲れたのだと思ったらしい美尋は、俺の手をぐいぐいと引っ張って人の少ない路地に入る。
「どうした、別に疲れてねえぞ」
「ふふ、わたしがちょっと疲れちゃいました」
「はあ?」
そう言いながらにこにこと笑う美尋に疲れている様子は見られないことから、俺に気を遣っての行動だったのだとわかった。
人が少なくなったことでつなく理由のなくなった俺の左手と美尋の右手は、未だにしっかりとつながっている。
「はい、どうぞっ」
「…あ?」
「どーうーぞ!」
食べかけのりんごあめを俺にずいっと差し出して、美尋はいたずらっこのように笑う。
…意味わかんねえ。
「あああああ!!」
「悪ぃな、口が滑った」
「使い方間違ってます!ああありんごあめ…ほとんどなくなっちゃって…」
「もう一個買ってやるよ」
「あ、買ってくれるならカキ氷がいいですっ」
わたし頭キーンてして全部は食べられないから、一緒に半分こしましょ!
そう言いながら笑う美尋の頭を空いている方の手で撫でれば、今日感じた思いが何なのか、少しだけわかった気がした。