夏が始まる。
いや、もう始まっていた。
人々の装いは軽やかなものへと変化し、どこか浮き足立ったような街にはまぶしい日射しが照り付けている。


「あれ、美尋さん?」

「あ、紀田くんだー」


明日から夏休みという、終業式の日のお昼時。
街を歩いていると遭遇したのは、来良に通う彼らだった。


「何か久しぶりっすね!」

「だね、全然会わなかったもんなあ」


最後に会ったのっていつだったっけ。
紀田くんの言葉にそんなことを考えていると、彼のすぐ横にいる少女の視線に気がついた。
えーっと、どこかで見覚えがあるような…


「ああ、俺らの友達の杏里っす。ほら、区役所の近くで美尋さんに会った時一緒にいた」

「…あー、あの時の!」


紀田くんの言葉を聞いて、3ヶ月ほど前のことを思い出した。
そうかそうか、あの時の女の子か。確かに紀田くんの言う通り、わたしの記憶にある少女と、目の前にいる女の子が一致した。


「あの時は何かごめんね、わたしは大槻美尋です」

「あ…えっと、園原杏里です」


どちらからともなく頭を下げれば、何だかおかしくて2人で笑ってしまった。
杏里ちゃんね、なるほどなるほど。この子とも仲良くなれたらいいなあ。


「美尋さんの学校は今日で最後ですか?」

「うん。来良も明日から夏休み?」

「そうなんすよー!つまり美尋さんとも遊び放題ってわけです!」


帝人くんの問いに笑って答えれば、紀田くんが身振り手振りを混ぜて大げさにそう言った。
ふふ、相変わらずだなあ紀田くん。


「あ。そうだ紀田くん、わたし携帯落としちゃってさ。番号も新しくなったんだよね」

「なるほど、だから連絡してもつながんなかったんすか」

「あ、連絡くれてたの?ごめんね」

「嫌われたんだと思ってすげえ落ち込んだんすからねー」

「…それにしてはすごい普通に話しかけたね、正臣」


…うん、なんていうか本当に紀田くんは相変わらずだな。
そんなことを思いながら携帯を取り出せば、ちょうど紀田くんもポケットから携帯を取り出した。


「あ、スマホっすか」

「そうそう。番号教えてもらえればそっちにアドレスも載せて送るからさ」


携帯に触れながら紀田くんの番号を入力していけば、紀田くんはニッと笑ってわたしを見る。
…え、何々?


「美尋さん、俺らこれから遊ぼうって話してたんすけど、美尋さんも一緒に行きません?」

「あ、いいね。どうですか?」

「あー…ごめん、わたしちょっと人と待ち合わせ、」

「美尋?」


待ち合わせしてるんだよね。
そう続けようとした時、すぐ後ろから聞き慣れた声がした。


「静雄さん!トムさんもお疲れ様ですっ」

「おう、美尋ちゃんもお疲れ」


暑さのせいか眉間に皺を寄せた静雄さんとトムさんが、すぐ後ろに立ってわたしを見下ろす。
そう。今日は学校が早く終わるからってことで、3人で一緒にお昼食べる予定だったんです。


「あっごめん、わたしもう行くね。また誘って!」

「あ…はい」

「美尋さん、また連絡しますねー」

「はいはーい」


驚いたような帝人くんと杏里ちゃん、そして笑いながら手を振る紀田くんに別れを告げ、3人で歩き出す。


「さてと、何食べましょっか?」

「あーそうだな…久々に露西亜寿司行くか」

「いいっすね、確か今日割引してましたよ」

「おお!」


トムさんの提案に静雄さんが同意して、久々のお寿司に胸が弾む。
先月はバイト頑張ったし…うん、お寿司食べても食費は大丈夫そうだ。


「じゃあ行きましょ!」

「ちょっ…美尋ちゃん!」

「馬鹿、引っ張んなって!」


1人の女子高生に引っ張られる2人の大人。
その光景に周囲の視線は集まったけど、お寿司のことを前にそんなのはどうでもよかった。



******



「…ねえ、美尋さんってやっぱり、」

「んー?やっぱりかわいいって?そりゃ当たり前だけどよ親友、杏里っていう美少女を前に言うなんて男失格だぜ?」

「そ、そんなこと言ってないよ!」


自分でも顔が赤くなるのを感じながら、正臣の言葉を必死で否定する。
な、何も園原さんの前で言うことないじゃないか!


「で、やっぱり何だって?」

「いや…静雄さんと仲良いのは事実なんだなあって」

「あー…」

「そう…なんですか?」


静雄さんと誰かを引っ張りながら歩く美尋さんの背中を見ながら、僕らはそんなことをつぶやいた。
園原さんも気になるらしく、彼女たちの方に目を向けている。


「ま、約束までして一緒に飯食うっつーくらいの仲ではあるわけだ」

「…少し、意外でした」

「園原さんもそう思う?」


相変わらず彼女たちを見つめながら、園原さんが小さく呟く。
うん…やっぱり前に正臣が言ってた通り、静雄さんも美尋さんのことを気に入ってるんだろうな、あの感じを見る限り。


「さ、俺らも遊ぶ前に飯食いに行こうぜ!」

「ちょっ…正臣!引っ張んないでよー!」

「き、紀田くん!」

「ほらほら、さっさと行くぞー!」


美尋さんの真似をするかのように、正臣が僕たちの腕を引っ張りながら歩いていく。
もうずいぶんと離れたであろう美尋さんたちの方をちらりと見たけど、そこにはやっぱり彼女の姿は見えなかった。



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