いつからだったかなんて、もう覚えていなかった。
気が付けば目で追っていて、揺れるたびに香るシャンプーの香りに惑わされて、声を聞けば心臓が高鳴る。
そんな俺らしくない、まさしく中学生のような恋を、俺はしていた。
「いーざーや」
「何?」
「今日雨だね」
「そうだね」
HRも終わり、教室の中が騒がしくなった時のこと。
背後から声をかけてきた名前が、いたずらっぽく笑いながら俺に言った。
「臨也傘持ってる?」
「…忘れたんだ?」
「ご名答、よくわかったね」
「朝遅刻ギリギリに来ただろ。あれだけ急いでたってことは、朝の天気予報も見てないだろうってことはすぐにわかる」
「うわあ、すごいね。大正解!」
ケラケラと笑いながら、俺の嫌味とも言える言葉を簡単に受け流す。
だから好きになったのかもしれないな、と早鐘を打ち続ける心臓に気付かないふりをして考えていれば、後ろから俺を呼ぶ、不思議そうな名前の声が聞こえた。
「どうしたの?」
「…いや、何でもないよ。それで?入れて行けって?」
「ぴんぽーん!」
ある程度人がいなくなった教室で、名前が窓の外を眺めながら言う。
…自分でも、バカみたいだと思うよ。
こんな脳天気で忘れっぽい子に声をかけられたというだけで、俺だけに意識を向けられているというだけで、一緒に帰ることになったというだけで、俺の胸はなぜ高鳴って、高揚感に満ちるのだろう。
「ほら!」
「うわッ、何いきな、」
「さっさと帰ろっ」
いつの間にか立ち上がっていた名前が俺の腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張る。
…何で本当に、俺はこの子が好きなんだろう。
******
「それにしても、いつもいつもごめんねー」
「そう思うなら置き傘でもしておけば?」
本当ならこんな嫌味や刺々しさなんかゼロの、優しい言葉だけをかけたい。
けどそんなのは俺らしくもなければ似合いもしないなんてことは百も承知だし、当然言うわけなんてないけど。
「でも臨也ってなんだかんだ優しいよね、ちゃんと傘入れてくれるし!」
「風邪でもひいて俺のせいにされるのはごめんだからね」
優しいだなんて俺に対してよく言えるな。
そんなことを思いながらも確かに高鳴る心臓をおさえ、気にも留めていないような態度であさっての方向を眺める。
「そういえば、何で名前っていつも俺の傘に入るわけ?」
「ん?」
「友達いないわけじゃないじゃん。笠井さんとか石上さんとかに入れてもらえばいいんじゃないの?」
あくまで純粋な疑問だった。
…いや、多少なりとも期待している面もあるから純粋と言ったら語弊があるかもしれないけれど、それでも、疑問だったのは確かだった。
「んーとね」
とはいえ、名前の口から出るのはきっと、俺の予想とか願望に反したものなんだろう。
そうだと疑っていなかった、のに。
「臨也と一緒に帰る口実、なんてね」
ああ、梅雨が待ち遠しい。