無重力少女 | ナノ
この前はあんなことがあったけど、まあ関わることなんてないだろう。
そう安心してた、数日前のわたしを思いっ切り殴ってやりたい。


「…あの」

「何だ?」

「何してるの?」


もうやだ、何なのこれ。
朝学校に来てみれば、なぜかわたしの席についている柳くん。何だじゃないよ何だじゃ。


「そこわたしの席なんだけど…」

「ああ、そうだな」

「どいてもらっていいかな?」


言えばおとなしくどいた彼は、特に何をするわけでもなく、わたしの机の横に立つ。
何か用があるならさっさとしてほしい。


「どうしたの?柳くん」

「……」

「…あの、」

「…………」


何だこいつ、何もしゃべらない。
眉間に皺が寄ってしまいそうになるのをこらえ、カバンの中から取り出した紙とペン。はあ、面倒くさいなあ。


《何なの》

《筆談とは利口だな》

《いいから早くして》

《俺と一緒にいるのを見られるのはそんなに嫌か?》

《ぼろが出そうになるからってだけ》


わたしが紙に字を書き始めると、彼は案外すんなりとそれに応じた。
この前はばれてもいいとか言ったけど、本人に言う気がないとなれば話は別だ。
もう間もなく大学にも進学するわけだし、出来るだけ面倒事は避けたい。


《何の用?》

《特にこれといって用はない》

《は?何それ》

《しかしこれから先、何か用が出来るかもしれない》

《出来ないでしょ今までなかったんだから》


柳くんの目的がわからなくて、焦りから字も汚くなってしまう。
けどわたしの言葉は真実だ。
あの日までわたしと柳くんが話すことなんてなかったんだし、わたしたちが関わるなんて有り得ない。


《なるほど、そういうことならこちらにも考えがある》

《何それ》

《ことあるごとにお前に近寄ってやろう》

《気持ち悪いからやめて》


そう書いた途端ペンを置いた彼に少しだけ焦る。
いや、傷つけたかも、とかそういうことは思ってないよ?
この人見た目以上に嫌な性格してるみたいだし、本当にことあるごとに近付かれたら困るからってだけで。


《ごめん》

《素直でよろしい》

《用があったら何なの?》

《携帯で連絡を取ろうと思ってな》

《いきなりすぎるでしょ》


柳くん相手にこの言葉を言ったのは何度目だろう。
本当に唐突過ぎて意味がわからない。


《連絡先を教えてくれないか?》

《拒否権ある?》

《拒否したらどうなると思う?》

《ごめん、何でもない》

《流石飯田だ》


どうしよう、この人うざい。
でもここで嫌だとか言ったらもっと面倒なことになるだろうし、何より教室に人が増えてきてしまう。


《わかったよ、教える》

《じゃあここに書いてくれ。俺から送る》


ちらほら集まってきたクラスメイトたちにばれないように、半ば殴り書きでアドレスと番号を書いていく。
はあ、やっとこれで解放されるわけか。これをきっかけに面倒なことにならなきゃいいけど。


「ありがとう」

「…どういたしまして」


紙を手にしたところでやっと口を開いた柳くんは、小さくだけど、とても楽しそうに笑う。
むかつく。
わたしがそんなことを考えてるとは気付いていないのか、果たして気にしていないだけなのか。
柳くんは背を向けて、自分の席がある方に歩いていく。


「おはよう飯田さん」

「っ あ、おはよう田中くん」


ぼうっとしていたら、いつの間に来ていたのか田中くんに挨拶された。
やばいやばい。不思議そうな顔してるし、様子がおかしいとか思われてるのかも。
もう、それもこれも全部柳くんのせいだ!


「今日も早いね」

「田中くんもいつもより早いね」

「うっ、うん!ありがとう飯田さん」


今のってお礼言うところじゃなくない?
そんなことを思いながら眺めた赤い顔の田中くん越しに、文庫本を開く柳くんが見える。
その姿がさっきのとはあまりにも違っていたから、まだ見ぬ未来を案じため息を吐いた。

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