無重力少女 | ナノ
「…ん?」


夕食を食べ終え、勉強をするために自室へ戻って数十分。
ベッドの上に投げられたままだった携帯が震えていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。


「……飯田?」


振動し続ける携帯を手にして驚いた。
あんなことがあった後ということを除いても、今まで一度も電話をかけてきたことのなかった飯田の名前が表示されていたのだ。驚くのも当然だろう。


「もしもし」

『 あっ、やな、』

「…飯田?どうした?」

『あ、いや、』


なぜか高揚する気持ちをおさえ、通話ボタンをゆっくりと押した。
初めて聞いた電話越しの飯田の声は普段より低くて、どことなく違和感がある。


「珍しいな、お前がかけてくるなんて」

『えっと、いや、うん』


自分からかけてきたのに、何を焦ることがあるんだ。
そんな言葉をグッと飲み込んで次の言葉を待つも、飯田は核心に迫ることを言うわけでもなく、ただひたすらうなっている。


「…どうした?何かあったのか?」

『…なっ、何でもない!』

「は?」


急に聞こえてきた明るい声に、思わず素っ頓狂な声が出た。
そしてそれと同時に聞こえてきたのは、電話が切られたことを伝える、ツー、ツー、という無機質な音。


「…何なんだ」


珍しく(というか初めてだ)電話がかかってきたかと思えば、実のないやりとりの末に切られた。
結局電話してきた理由はわからず、飯田の電話越しの声と背後で走る車の音、そしてよくわからない水音を聞いただけだった。


「…車の音?」


それに、あの水の音は何だ。
もしかして、と思いながら開いたカーテンの向こうには暗闇が広がっており、ぽたぽたと降り出した雨が窓を濡らしていく。


「………」


まるで録画した音声を巻き戻すように、刻一刻と記憶の隅に追いやられていく飯田との電話を思い出す。
人の声も、生活音も一切なかった。
電話の向こうにあったのは、いつもより低い飯田の声と、わずかな水音と、その後ろの小さなエンジンの音。


「…まったく、不器用な奴だ」


携帯を握り締めながら呟けば、無意識のうちに体が動いていた。
時刻はまだ20時前。マフラーと財布をつかんだ俺は、数時間前まで着ていたコートを羽織る。


「あれ、蓮二どこ行くの?」

「ちょっと出てくる。帰りは何時になるかわからない」

「そう、気をつけてね」

「ああ」


途中で擦れ違った姉にそう言い、傘立てにささっていた適当なビニール傘を掴む。
ドアを開けた瞬間体を包んだ冷気は身震いをしそうな程で、白い息を吐きながら駆け出した。

 
( 2 / 4 )
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -