「そうだ、静雄さん」
「ん?」
「静雄さんってダラーズなんですか?」
「おう」
いつもより少し遅い夕飯時。
警察特番で喧嘩をしている若者たちの姿を見て、朝交わした綾ちゃんとの会話を思い出した。
…思い出したから、話してみただけだったのに。
「…まさか肯定されるとは」
「サイモンに誘われて入ったんだよ。まあ、別に何かしてるってわけでもねえんだけどな」
ってことは、サイモンさんもダラーズのメンバーだったのか。
うん、でもまあ昨日あの場にいたし、それもおかしくないだろう。
っていうかあの時みんな携帯見てたし、あの場にいた人たちの中でダラーズじゃなかったのって、わたしとスーツの人たちを含めたごく数名だけだったんだろうな。
「今日メールが来たんです。ダラーズに入らないかーって」
「ああ、あれ適当にいろんな奴のアドレスに送ってるらしいからな」
「あ、そうなんですか」
知らないアドレスだから少し不安になってたけど、適当なのねあれって。
少しだけ軽くなった気持ちでメールの内容を思い出していると、静雄さんの視線に気付く。
「入んのか?」
「いや、何も考えてませんでした」
「そっか」
もしわたしが入ると言ったら、静雄さんは止めるのだろうか。
もし止めるとしたら、どうして止めるのだろう。
そんなわたしの考えを読んだように、静雄さんは。
「別に何するってわけでもねぇし、入りたかったら入ればいいんじゃねえの?」
「そういうもんなんですかね」
「確かセルティもメンバーだったな」
「あら」
そういう話をしたのは今日が初めてだったから、当然なのかもしれないけど。
…なんていうか、わたしって色んなこと知らないんだなあ、なんて思ったり。
「…静雄さんもセルティもメンバーなら、わたしも入ってみようかな」
「何かあったらやめりゃいいんだしな」
「そうですね」
そんな会話を繰り広げた数十分後、わたしの手には携帯が握られる。
変化するかもしれない毎日に、わずかな希望を抱きながら。
******
「美尋。おい、美尋」
「あ、はい?何ですか」
お風呂を上がり、髪の毛を乾かしていた時のこと。
わたしの携帯を持った静雄さんがわたしの肩を叩き、携帯を渡してきた。
「?」
「携帯鳴ってたぞ」
「ああ、ありがとうございます」
ドライヤーの音で気付かなかったんだろうけど、あの顔から察するに何回も名前を呼ばれたらしい。
あ、別に不機嫌そうだったとかってわけじゃないんですがね。
それにしてもこんな時間に誰だろう、綾ちゃんだろうか。
「…んん?」
一瞬デジャブかと思った。
いやいやいや、でもここ静雄さんの…っていうかわたしの家(こういう風に言うのはまだ少しだけ恥ずかしい)だし。
けど何度見てもアドレスは知らない人のものだし、…ううん、チャット、とかって書いてあるけど、何だろう。
「…あ、」
もしかしたらダラーズ関連かな。
そんなことを思いながら貼られたURLを開いてみると、そこは本文にあった通り、どこにでもあるようなチャットだった。
******
わたしがお風呂から上がり髪を乾かし終えたのと入れ違いに、静雄さんがお風呂場に向かう。
期待半分、不安半分。そんな気持ちを抱えながら、わたしは名前を打ち込んだ。
−−ヒロさんが入室されました−−
〈あの、こんばんは〉
[ばんわー]
[あ、新しい方ですか?]
〈はじめまして〉
〈ヒロです〉
[どうも、セットンです]
[甘楽さんの知り合いの方ですか?]
〈あまらくさん?〉
[ああ]
[かんら って読むんですよ]
〈あ、そうなんですか〉
〈ありがとうございます〉
〈えーっと〉
〈ちょっとわたしも、わからないんですけど〉
[?]
[どういうことですか?]
〈あ、すいません〉
〈突然知らないアドレスからメールがきまして〉
[メール?]
〈はい。サブアドで〉
[甘楽さん…ですかねえ]
−−田中太郎さんが入室されました−−
【こんばんわ】
[ばんわー。待機してました]
【あ、新しい方がいらっしゃいますね】
〈はじめまして、ヒロです〉
【田中太郎です】
【今日は眠いんで、早めに退散させてもらいます】
[あー、寝不足?徹夜でもしました?]
【ええ、ちょっと】
[あ、こちらのヒロさんは甘楽さんに誘われたみたいです]
【甘楽さんに?リアルのお知り合いなんですか?】
〈いえ、〉
〈突然知らないサブアドからメールが来て、そこにここのURLが貼ってあったんです〉
【ああ、なるほど。そういうことですか】
[当の甘楽さんはまだみたいですね]
【甘楽さんは……来るんですかね】
[あ、すんません、何か急用が入ってしまったみたいです]
【あれ、そうでしたか】
[すいません、お先に失礼します]
【はいはい、お疲れ様です】
[ヒロさん、また話しましょうね]
〈はい。お疲れ様です〉
−−セットンさんが退室されました−−
〈あ〉
〈すいません〉
【どうしました?】
〈家族がお風呂上がったみたいなので〉
〈わたしも今日は失礼します〉
【ああ、了解です】
〈すいません〉
【いえいえ。またお話しましょう】
〈はい〉
〈それでは、また〉
−−ヒロさんが退室されました−−
静雄さんがお風呂場の扉を閉める音がして、携帯を握り締めたまま息を深く吐いた。
…何だか疲れた気がする。ちょっとだけ。
「おかえりなさーい」
「おう。何かしてたのか?」
「はい、ちょっとチャットを」
タオルで髪の毛を拭く静雄さんに声をかけられて、何だかホッとしてる自分がいた。
初めてのチャットルームなんだから知らない人ばかりなのは当然なんだけど、どうやら想像以上に緊張していたらしい。
「そろそろ寝るか」
「髪乾かさないんですか?風邪引きますよ」
「ねみぃ」
「駄目ですよ、ちゃんと乾かさないと」
声こそはっきりしているものの、静雄さんの目はうつらうつらしている。
やばい。これは急いで乾かさせなきゃ!
「風邪引いて欲しくないんです。ちゃんと乾かしてください」
「…わかったよ」
不満げに、でも少しだけ顔を赤くして。
静雄さんが洗面所に行くのを見送って、わたしは彼がお風呂上りにいつも飲む飲み物をいれるため、その背中を追いかけた。