「人生って何だ?人は何のために生きている?俺はそう問いかけられて、そいつをまあ死ぬ寸前までふん殴ってやったわけだ。ポエマーな女子中高生が言うならまだしも、ハタチを過ぎてヤクザになろうとしたけど小間使いが嫌で逃げ出したような奴が言ったら、これはもう犯罪だろ」
「ソウダヨ!」
「いや、自分の人生について考えるのは自由だし否定はしねえ。だけどよ、その答えを他人に求めてどうするってんだよ。んで、俺は瞳孔開きかけてるそいつに『これが手前の人生だ、死ぬために生きろ』って言ったんだが、相手が店長だったことを考えると俺はまた間違ってしまったんだろうか」
「ソウダヨ!」
「……サイモンさんよぉ、俺の言ってることよくわかってないだろ」
「ソウダヨ!」
「…………」
「……ちょ、ちょっと静雄さん!」
夜も更けた、23時の60階通り。
受け止められはしたものの、サイモンさんに自転車を投げつけた静雄さんをなだめ、わたしはひそかにため息を吐いた。
どうしてわたしがこんな時間にこの場所にいるのかは、数時間前に受信した、静雄さんからのメールにあった。
内容は【俺ももう仕事終わるから、バイト終わったらそのまま待ってろ】という、ただそれだけの単純なもの。
それからバイト先の近くまで迎えに来てくれた静雄さんと珍しく外食をしたのだけど…そこにちょっとしたアレがあったらしい。
アレってなんだ、と思うかもしれないけど、わたしにだって詳しいことはわからない。
ただ静雄さんは用事(?)的なものがあって、そのためにこうして60階通りにいるということだ。
うん。この状況になった理由を整理してみたけど、やっぱりよくわからない。
「静雄さん、わたしこの状況が理解できません」
「俺もわかんねえ」
「え?」
「メール来たんだよ。60階通りに来いって内容の」
ちょ、さっきそんなこと言わなかったじゃないですか。
そう言う前に静雄さんが見せてきた携帯を覗きこんでみると、確かにそういった内容の文章がそこには書かれていた。
…でも、これ誰から?
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、あの…」
静雄さんの携帯から目を離した瞬間だった。
辺りは人工的なもの以外、月明かりしか存在しない23時過ぎ。なのに、
「何か、人増えてませんか?」
ピピ ピピピ
わたしがそう言ったのとほぼ同時だった。
サイモンさんの方から電子音が聞こえ、その直後に静雄さんの携帯が鳴る。
「え、?」
そんな音が口から漏れた瞬間、辺り一面からは機械的な電子音、着メロ。
色々な音が混ざりあって、もはや“歪”としか言えない着信音の大合唱が始まった。
「美尋」
「え…あ、はい?」
見てみろ。
そう言いたげな静雄さんに携帯の画面を見せられた瞬間、自分の眉間に皺が寄るのを感じた。
【今、携帯のメールを見ていない奴らが敵だ。攻撃せずに、ただ、静かに見つめろ】
まったく意味がわからん。
再び首を傾げ、静雄さんに言葉の意味を聞こうと顔を見上げた時―…彼が、どこか一点を見つめていることがわかった。
「…?」
静雄さんの視線の先にいたのは、スーツを着た男たち。
正直、敵だとか攻撃だとかよくわからない。
けどさっき以上に集まってきた人たちのほぼ全員が、その人たちを見つめている。
その光景の異常さに、わたしは男たちから目を逸らすことは出来なかった。
「…あ?」
「え?」
状況に飲まれていたわたしを現実に引き戻したのは、静雄さんの小さな呟きだった。
月明かりだけの暗い空、闇以上に黒いなにかがそこにいた。
「…セルティ?」
それはほとんど確信だったけど、あまりにも信じられない光景だった。
物理法則を無視したセルティが壁を垂直に走り降りたかと思うと、背中から何かを引き抜き、鎌のような黒いものを振り上げる。
「…え、ちょ。し、静雄さ、!」
相手がセルティだとわかっているから、恐怖感はない。
けれどこの状況の異様さと、目の前で起きていること現実を理解できない頭が警報を鳴らす。
そして思わず静雄さんの腕を掴んだ時―…
「…何だ?この声」
「え…静雄さんも、聞こえてますか?」
「何かよくわかんねえけど、聞こえる」
頭の上にハテナマークを浮かべながら音の正体を知ろうと見渡すも、周囲の人にも同じ現象が起きているらしく、辺りを見回して不思議そうな顔をする。
いや、違う。これはどこかから聞こえてきているんじゃない。
まるで、脳内に直接語りかけられているような…
それは、そんな叫びだった。