「あの子、君の彼女?」

「そうだ!俺の運命の人だ!」


さっきよりも人通りの多い通りに出て、静雄さんは少年の襟首をつかんで引き止めた。
す、すごい。
わたしもああやってたまに持ち上げられるけど、さすがにあそこまでの高さに持ち上げられたことないよ。
相手男の子だし逃れようとものすごいバタバタしてるのに、静雄さんは微動だにしてないし。


「…彼女、何であんなんなの?」

「知るか!」

「なぁんだああそりゃあああ!!」

「うわっびっくりしたあ!」


少年を追いかける静雄さんの後を追うのが精一杯で、肩で息をしていたわたしにはいささか衝撃が強すぎた。
静雄さんに投げ飛ばされた少年は宙を舞い、道路と歩道の境目にある茂みに落下する。


「好きな相手のことも知らないってのはよぉ、ちょぉっと無責任じゃねえのか?あ?」

「人を好きになるのに…そんなこと関係ない!」

「ああ?」


静雄さん、その通りだと思います。
いや、わたしに言えたことじゃないけどね。
「キレてる時は出来るだけ離れてろ。お前なら雰囲気でわかるだろうし」ってこの前言われてね、見た感じキレてるって程じゃないのに、一応離れててもはや野次馬と同じ距離感のところにわたしに言えたことじゃないけどね!


「じゃあ何だ、どういう理由で運命の人なんだ」

「俺が愛してるからだ!他に理由なんかない!愛を言葉に置き換えることなんか出来やしない!」


うおおお…すごい熱い人だ。
まともに恋をしたことのないわたしからしたら、火傷してしまいそうなくらいに熱いよ少年。


「だから俺は、行動で示す!彼女を守る、それだけだ!」

「っ、静雄さん!」


少年がそこまで言った時、右手が振り上げられたのがわかった。
その手にはボールペン。思わず声を上げてしまったけど、正直もう目を覆いたかった。
そして、


「臨也よりは、ずっと気に入った」


顔に向けて振りかざされたボールペンは、静雄さんの左手に刺さった。
やだ、どうして。
顔に刺さるよりずっとマシだけど、手でかばえるのなら、避けることだって。


「だから、これで勘弁してやる」


そう言うと静雄さんは少年の胸倉をつかんだまま、少し勢いをつけて頭突きをかます。
少年から出た小さなうめき声はわたしには届かず、少年を放った静雄さんがこちらに歩いてきたのに気付き、ハッとした。


「帰るぞ」

「は、はい」


半分は少年、半分は静雄さん…と、わたし。
野次馬の視線を感じながら横を歩けば、少し不器用な手つきで静雄さんはサングラスをかける。


「あー、抜いたら血ぃ出るよなあ、これ」

「…で、出ますね…」

「…絆創膏って家にあったか?」

「あ、ありますけど…え、それ絆創膏でどうにかするつもりですか?」


それはあまりにも雑過ぎないだろうか。
っていうかその怪我は絆創膏には荷が重過ぎる。
ど、どうしたらいいんだ、また新羅さんのところに行った方がいいんじゃないのかな…


「いや、瞬間接着剤の方がいいか」

「ちがうちがう!それだけは絶対に違います!」


え、なにこの人怖い。
今まで幾度となく静雄さんが怒ったところやキレたところを見たことがあるけど、これは本格的に怖い。人体の構造的な意味で。


「…と、とりあえず薬局寄って帰りましょうか」

「あー…そうだな」


何だかいつもよりぼうっとしてるような気がするのはわたしの勘違いだろうか。
あああ、もう足とかもう見てるだけで痛い。サイボーグみたい。


「どうした?」

「…は?」

「何かあったのか?」


ちょっとこの人何言ってるのかわからない。
何かあった?は?何で静雄さんがそんなこと言えるんですか!


「どうしたじゃないです!」

「何で怒ってんだよ」

「怒ります!痛そうだもん!」

「痛くねえけど」


ああもう何で静雄さんってこうなの!
そんなことを思うも、言ったらきっと静雄さんは嫌な顔をするだろうから。
だから、言わないけど!


「お前だったら痛いだろうけど、俺は別に痛くないんだって」

「…それがわかってるならわたしの気持ちもわかってください!」

「はあ?」


何言ってんだこいつ、って目で見られた。
悔しい。どうして静雄さんはそれが通って、わたしはそれが通らないの?


「…静雄さんだったらつらくなくても、わたしにはつらいことだったりするんです、」

「………」

「痛くないなら、良かったですけど…でも、良くないんです!」


だめだ、言いたいことぐちゃぐちゃで全然まとめられない。
こんなんじゃ静雄さんにはきっと伝わらないのに、どうしてわたしはこんなに馬鹿なんだろう。


「…あー、わかったよ」

「…はい?」

「悪かった。別に、お前がそう思ってくれんのが、嫌なわけじゃねえから」


だけどマジで痛くはねえから、そんな心配しなくていいぞ。
わたしの右を歩く静雄さんはそう言って、わたしの頭に手を伸ばす。


「…やめてください」

「…は?」


頭を撫でることを拒否されたと思ったのだろう。
静雄さんの眉間に皺が寄るのが雰囲気だけでもわかった。


「…左で撫でたら、わたしの頭にペンが当たるから。抜けて血がばーってなっちゃいます」

「…あー、そっか。そうだな」


じゃあこっちか。
そう言って右手でわたしの頭をぽんぽん叩く静雄さん。
…あれ、これわたしちょっと恥ずかしいこと言った?


「ち、違いますからね!右で撫でてくれって意味じゃないですから!」

「別になんも言ってないけど」

「言ってない、けど!」


ああもう恥ずかしい、本当に恥ずかしい!
くそう、それもこれもあの少年が静雄さんの手にボールペンなんか刺すからだ!
そもそもボールペン刺すってどういうことだよ、彼女のこと愛してるなら物使わないで肉弾戦にしなよ!
静雄さん相手には厳しいだろうけど!


「お前何ぶつぶつ言ってんだよ」

「…え、声に出てました?」

「思いっ切りな」


うああああ、もうほんっとうに最悪。
静雄さん何か笑ってるし。何笑ってるんですか、おばか。


「そういえばお前携帯なくしたって?」

「え、今その話します?」

「馬鹿、携帯ないと困るだろ」


まあそうですけど、とつぶやいていると忘れかけていた焦りが戻ってくる。
あああどうしよう。本当にやばい。


「わかってる限りでいつまであった?」

「えーと、学校出てすぐに時間確認した時……が、最後ですね」

「あー…」

「…バイト終わって連絡しようとしたら見つからなくて、とりあえず学校まで歩いてみたんですけど…」

「なら見つからねえだろ、多分」


田舎ならまだしも、ここは大都会東京の池袋。
たくさんの人がいるこの街のどこかで落としただなんて、それは確かに見つかる可能性は低いだろう。
静雄さんの言葉に納得しながらため息を吐けば、彼は煙草を取り出してつぶやく。


「明日お前が学校終わってから休憩入れて、携帯買いに行くか」

「…え?」

「お前1人じゃ契約もできねえだろ。未成年だし」


いや、それはそうなんですけど。
なんていうか…お金的な意味でアレなんですよ。
携帯の方にまわしちゃうと、食費とか生活費に回すお金が減ってしまうと言うか。


「…あ、そうだ」

「はい?」

「あれにするか。ほら、ホワイトデー結局何もしなかっただろ」


どうやらバレンタインのお返し、ということらしいけど。
…いやいや、何言ってるんですか?


「いや、水族館行きましたよね」

「行ったけど物で返してねえだろ。それにお前が携帯持ってないと俺も困るし、気にすんな」


あああ、どうしたらいいのわたし!
静雄さんに困るって言われたらこれ以上断れる理由もないし、もう…ああああ!


「…じゃあ、すいません。ありがとうございます」

「おう」


安い機種あるといいけど。
ちょうど見つけた薬局の中に入りながら、そんなことを考えた。


 



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