あなたは春にどんなイメージを持ってる?
出会い、別れ、恋、新生活。
まあ4月になったからってわたしの生活がガラリと変わることはないのだろうけど―…
それでもやっぱり、春って少しだけワクワクする。
「もう4月ですねぇ」
「そうだな」
「そういえばわたし、新しいバイト決まったんですよ」
「へえ、何やるんだ?」
4月。
高校生活最後の1年がスタートして間もないある日のこと。
明日が(ちゃんと始めるにあたっての)初出勤だということを思い出し、静雄さんにお伝えしてみました。
「年末年始に働いたカフェです。進学とか就職で辞める人が多いみたいで、狩沢さんを通じてお願いされたんですよ」
「覚えることもそこまでねえだろうし、良かったな」
「はい、本当に。条件も前と一緒でいいみたいですし」
週2〜3程度、遅くとも夜の9時まで。
それがあのメイドカフェで働く上での条件だった。
お金のこととか考えたらもっと長い時間働いた方がいいんだろうけど、まあ静雄さんに心配をかけたら本末転倒だしね。
「…あ、家事はちゃんとやりますから安心してください」
「いや、別にそこまで気負ったりしなくていいぞ」
「?」
「俺だってお前に任せきりで悪いと思ってるし、出来る限りは手伝う」
ジュースを飲みながら言った静雄さんに、この4ヶ月間のことを振り返る。
掃除の時、料理の時、洗濯の時。
まるで家事のすべてをわたしが担っているような言い方をしてるけれど、
「静雄さんは十分手伝ってくれてます」
「…いや、そんなことねえだろ」
「ありますよ。料理運んでくれるし、食料品買いに行く時一緒に来てくれるし、ゴミ捨てだってやってくれてますもん」
本当はそれ以外にもたくさんあった。
わたしが疲れてる時は食器を洗ってくれるし、休みの日には布団を干すのを手伝ってくれたりもするし、洗濯物を干す時や取り込む時だって、背の小さいわたしじゃ大変だろうからって代わりにやってくれたりしてる。
「十分なくらいやってくれてますよ」
「…そうか?」
「はいっ」
自分の携帯料金、自分の私物、少々の生活費…というか食費。
わたしが自分のお金で払っているものは、ほとんどそれくらいと言っても過言じゃない。
本当なら家賃も半分くらい払いたいんだけど、「そこまですんな」と言われてしまっているので、ものすごく申し訳ないけどお言葉に甘えてしまっている。
「だからいいんですよ。いっぱい頑張ってくれてる静雄さんが快適に過ごせるようにするのが、わたしのここでの仕事ですから」
「……恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ、ばーか」
「いたっ!」
ものすごーーく軽くデコピンをされた。
先日新羅さんがデコピンされた時は意識失ってたから、それと比べたらめちゃくちゃ手を抜いてくれてはいるんだろうけど…それでも痛いものは痛い。
何で本当のことを言っただけでデコピンされなきゃならんのだ。
「何するんですかっ」
「お前が悪い」
「えええ…」
静雄さんが不愉快になるようなことを言った覚えはない。
けれど「恥ずかしいこと」とか言ってたし…もしかして静雄さん、照れてるのかな。
「……とにかく、お前だってまた学校始まって忙しくなんだから無理はすんなよ」
「…ふふ、はーい」
1ヶ月半前、無理をした結果風邪を引いて熱を出してしまった時のことを思い出す。
…あの時の静雄さん、本当に大変そうだったなあ。
「体調には気をつけます」
「おう」
テーブル越しに手が伸ばされて、髪をぐしゃぐしゃと撫でられる。
その手が心地よかったから、わたしはこれからも頑張れると思った。