「そういえば、お前何であんな時間に外にいたんだ?」

「バイトが終わって帰るところだったんです」


新羅さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、静雄さんの質問に答える。

…うん、初対面の人の家に上がりこんでおきながらまったりし過ぎだって思うでしょ?私も思う。
夜分遅くに悪いから、っておいとましようと思ったんだけどね、新羅さんが「親御さんに関して心配しなくていいなら、せっかくだからゆっくりしていきなよ」って言ってお湯沸かし始めたもんだから帰るに帰れなくなったわけです。
……明日が土曜日で本当によかった。


「へえ、バイトか。何やってるの?」

「居酒屋ですよー」

「池袋なんてただでさえ治安悪いのに、よく居酒屋で働こうなんて思ったね」


女子高生なんだから危ないよ。
そう言う新羅さんの意見はごもっともです。
実際さっきだってね、危ない目にあいかけて静雄さんに助けてもらったわけですしね。


「…あ、そうだ。言い忘れてたけど、バイトはしばらく休んでね」

「…え?」

「日常的にも左手で重い物を持たないようにね。負担がかかって治りが遅くなるから」

「そんな……」


手首をさすりながら、どうしようと考える。
これから秋が来て、そしたらあっという間に冬だから、色々とお金もかかる時期なのに…どこをどう工面したらやり過ごせるだろう。


「小遣いだろ?少し我慢しろよ」

「違いますよ、生活費稼いでるんですっ」

「…あ?生活費?」


さっきまで普通だった静雄さんが、怪訝そうに眉をひそめる。
…ああ、それもそうだ。私にとっては当たり前のことだったけど、この人たちは、何もかも知らないんだ。


「あー…えっと、私一人暮らししてて」

「え、でもまだ高校生だよね?」

「はい。2年前に両親が亡くなってて」

「………」

「…………悪い」

「ちょ、やめてくださいよー」


そんな反応させたくて話したわけじゃなかったのに、静雄さんは申し訳なさそうに視線を落とす。
けどそれも仕方ないのだろう。こんなのどこにでも転がってる話ってわけじゃないし、一般的に見ても同情に値することだと思う。私が不幸かどうかは置いておいて、あくまで一般論として。

それにしても、本当にこれからどうしよう。
お父さんたちが残してくれたお金は出来るだけ使いたくないんだけどなあ。


「…まあ、あれだ」

「はい?」

「飯くらいだったら、いつでも連れてってやるからよ」


お前は早く、手ぇ治せよ。
少し頬を赤らめて言った静雄さんは、失礼かもしれないけどちょっとかわいい。
言ってみたものの恥ずかしいんだろう、優しい人だ。


「大丈夫ですよ、どうにかなりますから」

「美尋ちゃん、ここは静雄の言葉に甘えちゃいな」

「え?」

「静雄も勇気を出して言ったんだ、彼の頑張りを無駄に、いだだだ、痛い!痛いよ静雄!」

「だ ま れ」


新羅さんの首をぎりぎりと絞める静雄さんからは、恥じらいはもう消えたらしい。
あ、新羅さん「助けて!」だって。


「し、静雄さん!」

「あ?」

「あのっ、お言葉に甘えて、いいですか?」


そう言った瞬間新羅さんの首から手を離して、ぽかんとした顔をする静雄さん。
やばい、助けてって言われたからああ言ったけど、もしかしたら助け方間違えたかもしれない。もっと普通に駄目ですよって言った方がよかったのだろうか。

そんな風に、この場における正解について思考を巡らせていると。


「…帰るぞ」

「え?」

「ほらほら美尋ちゃん、静雄に送ってもらいな!」

「え?ちょ、え?」


行きと同じように私の荷物を手にした静雄さんが、ドアに向かって歩いていく。
ああ、えっと、とりあえず新羅さんにお礼を言って、それから。


「包帯変えるから明日もおいで」

「あ、はい。あの、ありがとう ございました」

「いいよお礼なんて」


頭を下げて言う私に新羅さんが笑う。
静雄さんはもう靴を履いたところなのだろう、少し遠くから玄関のドアを開ける音がした。


「美尋ちゃん、静雄のことよろしくね」

「え?」

「おい、行くぞ」


どういう意味なのか聞こうとしたら、遮るように静雄さんの声がした。
とりあえず真意は明日にでも聞くとして、今日のところは帰ろう。
何となくわかったけど静雄さんは短気みたいだし、これ以上待たせるわけにはいかない。


「すいません、お待たせして」

「おう。 新羅、突然来て悪かったな」

「いやいや、来てくれてよかったよ!」

「は?何だそれ」


意味わかんねえ、という静雄さんの声を聞きながら靴を履いて向き直れば、にこにこと笑う新羅さんが目にはいる。
…何だろう。笑ってるのはいいことなんだけど、どことなく意味ありげな感じが。


「じゃあ気をつけてね。美尋ちゃんはまた明日」

「はい」

「セルティによろしく言っといてくれ」

「うん、わかった」


頭をもう1度下げとところで、タイミングよく来たエレベーター。
ボタンを押したまま待っててくれた静雄さんにお礼を言えば、ありきたりな毎日が変わる予感がした。


 



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