「あ、門田さん!」

「よう、大槻と静雄か」

「あけましておめでとうございます」

「あっ、美尋っちだ!あけおめー」

「おめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「こちらこそ!…あ、アレうまく行ってる?」

「はい、何とか……」

「アレ?」

「あああ、何でもないので静雄さんはお気になさらず!」


1月4日。
そこまで人のいない神社での初詣を済ませたわたしたちが歩くのは、いつもと同じ60階通り。


「どっか行くところか?」

「いや、今初詣行ってきた」

「え、今日行ったの?遅くない?」

「こいつが神社でなんかしたら罰当たりだっつーからよ」


ああなるほど、と門田さんと狩沢さんが納得したところで、ワゴンからゆまっちさんと渡草さんが顔を覗かせる。
新年早々仲良しだなこの人たちは。


「ゆまっちさーん、渡草さーん」

「あ、美尋ちゃん。あけおめっす!」

「おめでとうございますー」


わたしの声に気付いた渡草さんが手を上げたと同時に、ゆまっちさんが新年の挨拶を口にした。
うんうん、平和な年明けだ。こんな感じで今年はやっていければ―…


「やあ美尋ちゃん、あけましておめでとう」

「手前…臨也ぁああ!!」

「うわ、シズちゃんもいたんだ」

「明らかに見えてただろうが!」


ああ、何というか。
初詣で平和に過ごせますように、って祈った直後にこれとは…


「美尋ちゃん、この人どうにかなんないの?」

「何ですかどうにかって」

「君が嫌ってないこの俺に会ったのにこの態度だよ?」


うわ、最悪。
別に嫌ってないけど決して好きではないのに、何でわざわざそれを静雄さんの前で言うんだ。
新年早々面倒なこと起こそうとしてらっしゃる。


「……どういうことだ、美尋ちゃんよぉ」

「えー…わたしですか…」

「嫌いじゃねえって、ノミ蟲が言ってたこと説明出来るよなぁ?」


やばいやばいと思いつつ、心の中で小さくため息を吐いた。
静雄さんはきっと嫌な思いするだろうけど、まあ嘘は吐かない方がいいだろう。


「もうこの際だからはっきり言いますね」

「おう、是非とも聞かせてくれよ」

「直接何かされたわけてないし、別に臨也さんのことは嫌いじゃないです」

「ああ?」

「けど、正しいこと言ってても言い方があれだからむかつきますし、面倒起こすから好きではないです」


眉間に皺を寄せていた静雄さんは、好きじゃない、という言葉を聞いた瞬間、少し表情をやわらかくした。
それでも頭に血が上っていることには変わりはないみたいだけど。


「直接的なことって…お前されたじゃねぇか」

「あのことなら臨也さんにも言いましたけど、結果的には今の生活が楽しいのでそれでチャラにしました」

「……あいつのことはノミ蟲って呼べ」

「…名前を呼ぶのはやめておきします」


臨也さ……あの人に向けるような顔を静雄さんに向けられたのはこれが初めてだったから、正直ちょっとびっくりした。
けど本人を目の前にノミ蟲って呼ぶのはさすがに抵抗があるから、とりあえず名前を呼ぶのはやめとくとしよう。


「…あ、でも大丈夫ですよ!あの人は好きか嫌いかで言ったら嫌いですけど、静雄さんは好きですから!」

「そこで嫌いな方だったら一緒に暮らしてらんねえだろ」

「…っていうか、本人目の前にして嫌いとか普通言う?」

「お前に対してそんな気遣いいると思ってんのか?あ?」

「素直ですいません」


そう言えば苦笑した臨也さんだけど、実際何とも思っていないんだろう。
静雄さんには誤解されたくも嫌な思いをさせたくもないけど、まあ事実だからしょうがない。

それに静雄さんは、自分が嫌ってるからってわたしにまでそれを強制するような人じゃないからね。
気をつけろとか関わるなとは言ってくるけど、わたしだって関わりたくはないから問題はない。


「あ。一応言っときますけど、静雄さんのこと何かに巻き込んだら問答無用で大嫌いに入りますからね」

「怖い怖い。愛されてるねえ、シズちゃん」


からかうように肩をすくませて言った臨也さんの目は、この前家に来た時に「つまらない」と言った時のと同じものだった。
そりゃそうか。わたしたちが特に問題もなく仲良くやってるのは、この人にとってはとても退屈なことなんだ。


「…おい美尋」

「え?」


60階通りの道に沿って置かれている背の高いポールに手をかけ、静雄さんがそうつぶやく。
ああなるほど、それ抜いちゃうんですね。そして投げるつも……もう投げちゃいましたね。


「少し待てるか?」

「はい、行ってらっしゃい」

「ちょっ…普通そこ止めない?」

「相手が臨也さんですから」

「よし、じゃあちょっと待ってろ」


さっきまでポールを持っていたその手で頭を軽く撫で、静雄さんは臨也さんに向かって走っていく。
…ふむ、今日はどれくらいかかるかな。


「…何というか、お疲れ」

「え、あ。お疲れ様です…?」

「お前の性格に言ったんだよ」


どういう意味かと考えていれば、「臨也に気に入られるなんて災難だな」と門田さんが呟く。
そういうことか、それならわたしもすごく思います。


「シズちゃんも厄介だよねー、新年早々イザイザに会っちゃうなんて」

「いい年になるといいですねって言ったら、『あいつがこの世に存在してる以上厄年だ』って」

「…はあ」


わたしが笑ってそう言えば、門田さんといつの間にか車から降りてきていたゆまっちさんが頭を抱える。
ゆまっちさんまでそんな反応するなんて珍しい。


「…大槻、気をつけろよ」

「はい?」

「お前の意思を曲げろとは言わないが、静雄にはあまり心配かけてやるなよ」


門田さんは少し心配そうな表情でわたしに語りかける。
でもきっと門田さんの言う“気をつけろ”は、この前紀田くんが言ったのと、同じような意味だと思った。


「別に怒ってるわけじゃないからな。でも俺らも心配なんだよ」

「…心配?」

「お前はまだ高校生だし、生き急ぐことないだろ」


い、生き急ぐだなんて生まれて初めて言われた。
つまりは面倒ごとに巻き込まれるようなことはするなって言いたいんだろうけど、それってわたしにとっては難しいことなんですよ。

ちょうどその時狩沢さんが動いて何かしたような気配があったけど、うつむいているわたしには彼女が何をしたのかわからない。


「わたしだって、巻き込まれたくはないです」

「…だろうな」

「けど、皆さんとか静雄さんに何かあったら、わたし―…」


そこまで言って、自分が何を言いたいのかわからなくなった。
わたしは、どうするの?
わたしは、わたしは。
ぐるぐると考えるわたしの頭に手を乗せた門田さんは、まるで「もう言わなくていい」と言わんばかりの表情で。


「…すいません」

「何で謝るの、美尋っちは何も悪くないでしょー」

「…でもわたし、多分無自覚に周りの人に心配させてるから」


そう呟けば、狩沢さんはわたしの両頬にぴたっと手を当てる。


「美尋っちを子供扱いするわけじゃないけどさ、」

「は、い」

「心配くらいさせてよ。美尋っちだって、誰かのことを心配するから必死になったりするんでしょ?」

「そうっすよ。そうやって学んでいけばいいんです!」

「…ま、自分から危ないことに首突っ込まないようにはしろよ」


門田さんたちには、先輩とのことは話してない。
なのに狩沢さんの言葉はまるであのことを知っているかのような口ぶりで、一瞬胸がどくんと鳴った。


「ほら、シズちゃんのお帰りだよ!」

「え、」

「……待たせたな」


狩沢さんに言われて振り返れば、別れる時より少しだけ疲れていて、なぜか顔を赤くした静雄さんが立っていた。
…疲れてるのはいいとして、何で顔赤いんですか?


「おかえりなさい」

「…おう」

「……どうしたんですか?」

「……何でもねぇよ」


何かあったのだろうか、と頭の上にハテナマークを並べていると、すぐ横に立ったゆまっちさんがわたしに耳打ちをする。
何々…ああ、なるほど…


「…そういうことですか」

「…おい遊馬崎何言った」

「ひぃ!」


ゆまっちさんによると、さっきわたしがうつむいた時に実は静雄さんはもう来てて、けど狩沢さんが「しーっ」ってやったから、その場で待ってたと。
そして、静雄さんに何かあったら云々は聞かれていて、それで静雄さんは照れているらしい。
っていうかわたしも恥ずかしいです。


「静雄さん」

「ああ?……何だよ」

「帰りましょ、疲れた体には甘いものがいいです」


お汁粉作りますから。
そう言って、ゆまっちさんにつかみかかる静雄さんの腕を引っ張れば、それは案外素直にほどける。


「…はあ」

「どうしました?」

「…何でもねえ」


変な静雄さん。
そんなことを考えながら門田さんたちを見れば、命拾いをしたと言わんばかりのゆまっちさんを除き、ほほえましそうに笑っていて。


「じゃあまたな」

「今度遊ぼうねー!」

「はい、じゃあまた!」


つかんだままだった静雄さんの腕を離し、門田さんたちに手を振り別れる。
静雄さんの顔の赤みが消えたのは、それから5分ほど経ってからのことだった。


 



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