「こういうのっていくらくらい入れるもんなんですかね」

「定番は5円とかじゃないか」


あとは始終縁があるようにって45円とか。
境内までの列に並び、お財布を出しながら交わすそんな会話。
三が日も過ぎて予定通り初詣にやってきたわたしたちは、お賽銭の話題に花を咲かせていた。


「高いやつだと“福来い”で2951円とかあるって聞いたことあんな」

「キリが悪いですね」


けど信心深い人は、それくらい平気で入れてしまうのだろうか。
そんなことを考えながら一歩足を踏み出すと、ガラガラ、という音が近くなった。


「…100万円超え…は、さすがに」

「は?」

「あ、いや、2951円×365日だとかなりの額になるなって」


すごい信心深い人はそれくらい入れるのかと思って、という言葉を付け加えれば、静雄さんが「何だそれ」と笑う。


「日給2951円か」

「神様のですか?」

「おう」

「…日給とか言っちゃだめですよ」


笑いをこらえながら言ったせいで、声が少しだけ震える。
すぐ目の前に境内があるこの場所で話すことではないとは、わかっているけれど。


「お賽銭が3000円って考えたら高い感じするのに、神様の日給が3000円だと思うと安いですね」

「日給って言い方だとな」

「お賽銭の額と福に関連性があるとしたら、神様の世界もなかなかシビアですね」


1人、また1人と境内の前から立ち去り、わたしたちの番ももうすぐになった。
…あ、そうだっ。


「静雄さん、神様に何かお願いする時は自分の名前と住所言わなきゃだめですよ」

「そうなのか?」

「はい。神様がどこに行っていいかわからなくなっちゃうらしいです」


お前物知りだな、と去年の終わりに言われた言葉を再びかけられる。
それは嬉しいんだけど…どうしよう。


「…わたし、豊島区東池袋までしか住所覚えてないです」

「……隣にいる奴と同じとか言っときゃいいんじゃねえか?」

「それで大丈夫ですかね」

「仕方ないし、許されんだろ」


ならばここは神様の寛容さを信じることにしよう。
そう思った瞬間に自分たちの番が来て、わたしは少し緊張しながらお賽銭を投げ入れた。



******



「静雄さん、せーのですよ!わかりました?」

「わかったわかった」

「じゃあ…せーのっ」


パッと開いたおみくじを見て、わたしは1人ため息を吐いた。


「わたしは…凶ですね。静雄さんは?」

「大吉」

「えーいいなー!交換してください!」

「交換しても意味ねえだろ」


そりゃそうだ、と思いながらも少々悲しい結果だ。
くそー、何でわたしが凶で静雄さんが大吉なんだ。どうせだったら2人で大吉がよかった。
2人そろって凶は嫌だ。せめて静雄さんだけでもいい年にして欲しいしね。


「なんて書いてあります?」

「あー……よくわかんねぇ。ほら」


静雄さんが渡してきたおみくじを見て、やっぱりちょっとうらやましくなった。
すごい良い内容じゃないですか!


「全体的に良さそうですよ。障害や困難も訪れるけど乗り越えられるみたいです」

「障害も困難もあるのかよ」

「でも乗り越えられるみたいだしいいじゃないですか」


どんな障害や困難が訪れてしまうのかわからないけど、とりあえずたいしたことじゃないといいなあ。
静雄さんが平和に過ごせますようにってことも神様にお願いしといてよかった。


「他は?」

「えーっと…あ、お金の心配はないみたいです。健康も…大丈夫そうですね」

「マジで大吉だな」

「うらやましい限りですよ。あ。恋愛は、この人より他になし、ですって!」

「へえ」


へえって。
それにしても、静雄さん誰かと出会うのか。ちょっと寂しい気もするなあ。


「こういうのっていつまで効果あるもんなんだ?」

「一般的には1年で区切るものなんでしょうけど、神様へのお願いが叶うまで効力があるって聞いたこともあります」

「自分次第ってことか」

「多分そうだと思います」


それを考えると、わたしのこれはどうしたものか。
そんなことを思っていると、静雄さんの視線がわたしの手元にうつった。


「お前の方は?」

「……思いがけない災難に遭う」

「あー…お疲れ」

「何ですかお疲れって!」


もういい、静雄さんには見せない!
そうかたく心に決めて、気付かれないようにしまおうとしたんだけ、ど。


「見せてみろよ」

「あっ」

「………ひでえな」


見られた。哀れまれた。
くそう、自分が大吉だからって!


「…失せ物出ず、健康面には注意が必要。…あ、引越しは大丈夫らしいぞ」

「それはもう済みました!」

「…ん、」

「え?」

「ほら、ここ」


ピラッと向けられたわたしのおみくじの、静雄さんが指差す部分を眺めてみる。
えーと、何々…


「この人となら幸福あり…?」

「よかったじゃねぇか」

「この人ってどの人でしょう」

「知らねえよ」


この人って言ってもわたしの高校は女子高だし、誰かに出会いそうな気配もないし…
うーん、この先誰かと出会うのか、それとももう既に出会ってる人とそういう仲になるのか。
どっちにしても今の状況からは何とも言えないなあ。


「っていうかわたしは恋愛と引越し以外ダメダメですね」

「俺は全体的に良いけどな」

「…大吉だからっていい気にならないでください!」

「なってねえよ」


ううう悔しい、どうしてわたしばっかり。
そんな思いで睨んでみたけど効果はないらしく、静雄さんはぼうっとどこかを見ている。


「美尋」

「…何ですか?」

「あれ食うか」


あれ?
静雄さんの指差す先を見てみれば、そこにはたくさんの的屋が並んでいる。
…チョ、チョコバナナ!


「チョコバナナ!」

「食うか?」

「食べます!」

「じゃあ買ってやる」


嬉しいけどどうしてだろう、と考えていると、「俺は大吉だからな」という声が聞こえてきた。
…それはわたしが凶だから同情しているのか、はたまた大吉の余裕なのか。
どっちにしてもわたしは貶められているらしい。


「ほら、割り箸気をつけろよ」

「はーい」


いただきます、と口に含めば、静雄さんが小さく笑う。
ふふー、美味しい。現金だけど大吉様様だね!


「じゃあそろそろ行くか」

「はい!」


もぐもぐとチョコバナナを食べるわたしを、静雄さんは満足そうに眺める。
情けは人の為ならずっていうし、少しでも運勢が良くなるようにと静雄さんにチョコバナナを分けてあげたら、ほとんど食べられたのはここだけの話。


 



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