『今年のクリスマスは雪が降るかもしれません』


そんなお天気お姉さんの言葉にも納得してしまうほど寒い今年の冬は、ある意味で暖冬だと思った。


「そっか、今日クリスマスか…」


夕方のニュースを見ながらつぶやけば、静かな部屋にわたしの声だけが響く。
なるほど、どうりで街中にカップルが多かったはずだ。


「…ん?」


そんなことを考えていた時、テーブルの上の携帯が震えていることに気付いた。
…え、静雄さん?


「もしもし?」

『おう、今家だろ?』

「そうですけど…静雄さんお仕事は?」

『何か知らねぇけど、今日はもう終わりだってよ』


電話の向こうからそう聞こえてきた瞬間、思わず冷たい汗が流れたような気がする。
どどどどうしよう!


「す、すいません!わたし今日まだご飯作ってなくて…」

『何で謝んだよ。俺だってなんも連絡してなかったし気にすんな』

「はい…」

『そうだな…じゃあ今日は外で食うか』


外で、ご飯?
静雄さんからの珍しい提案にぽかんと口を開けていると、向こうから名前を呼ばれる声がした。


「あ、えっと。外でご飯ですか?」

『すぐ飯出来んなら帰るぞ』

「…ごめんなさい、ご飯もまだ炊いてません」

『だから謝んなよ。お前悪くないだろ』


静雄さんは気にしてないみたいだけど、外でご飯か…食費大丈夫かな。
そんなわたしの考えを読んだかのように、電話の向こうの静雄さんが口を開いた。


『別に金のことなら気にすんな。むしろお前が来てから食費はかなり浮いてるし』

「そうなんですか?」

『おう。だからさっさと準備して家出ろよ』


駅前の喫煙所いるからな。
その言葉を最後に切られた携帯を置いて、今の時間を確認する。
…午後6時32分。急いで家を出れば、7時前には余裕で着けそうだ。


「…よいしょ、っと…」


洗濯、掃除、全部済ませておいてよかった。
そんなことを考えながら立ち上がれば、いつもと少し違う夕飯に胸が躍った。



******



「静雄さーん」

「おう、早かったな」

「急いで準備してきました!」


はあはあと肩で息をしながら静雄さんの元に駆け寄れば、別に急がなくてよかったのに、と苦笑された。
突然決まったこととは言えあまり人を待たせるのはよくないからね、ちょっと頑張りました。


「何か食いたいものあるか?」

「うーん…」


食べたいもの、食べたいもの。
正直早く行かなきゃって気持ちが先行してて全然考えてなかったなあ。


「…あ、そういえば今日クリスマスですよ」

「ああ、そういやそうだな」

「何かクリスマスっぽいもの食べましょう。せっかくなので全力であやかりましょう」

「クリスマスっぽい食いもんって?」


言ったはいいけど浮かばない。
かすかに残るクリスマス的な食事の記憶も、チキンとかケーキとか、そんな家で食べるようなものばっかりだしなあ…


「まあ適当に考えながら歩くか」

「そうですねー」


煙草の火を消した静雄さんの横に立ち、ご飯屋さんを探しながら歩き出す。
…それにしても今日は本当に人が多いなあ。特にカップル。


「人多いですねえ」

「確かにそうだな、…ほら」

「え?」

「お前、ぼーっとしてるとすぐどっか行くだろ」


そんなことを言いながら差し出されたのは、静雄さんの左手。
…えーと。つまり手をつなぐって、いうことですか?


「さっさと行くぞ」

「わっ、ちょ、!」


眺めるだけでいつまでも手を取らないわたしに痺れを切らしたのか、静雄さんが強引にわたしの右手をつかむ。
…う、うう。何だか、恥ずかしい。


「食いたいもん見つかったらすぐ言えよ」

「…はーい」


周囲の光景に目がいったのは、静雄さんと手をつなぎ始めてすぐのことだった。
いつもより人の多い池袋、設置されているきらびやかなツリー、そしてたくさんのカップル。
幸せそうなその人たちは誰もが指や腕を絡ませ、手をつなぎながら歩いている。


「………」

「…?どうした?」

「あ、いや。何でもないです」


そっか。
今日手をつないでるだけで、カップルに見えてしまうものなのかもしれない。
つまりわたしたちは恋人同士だと思われているかもしれないわけで、それが何だかむずがゆい。

そんなことを考えるわたしの異変に気付いたのか、静雄さんが不思議そうな顔でわたしを見下ろす。
まずいまずい、普通にしないとおかしいって思われちゃう。


「ん」

「どうしました?」

「あそこどうだ?」


ふと立ち止まってどこかを見る静雄さんの目線の先を追うと、そこにはちいさなイタリアンのお店。
あ、あそここじんまりしてるけど、デザートが美味しいって綾ちゃんが言ってた気がする。


「友達が言ってましたけど、あのお店美味しいらしいですよ」

「じゃああそこにするか」

「はい」


つながれたままだった手は、ものの数分で離されることになってしまった。
それが何だか名残惜しく感じたのは、きっとクリスマスの寒さのせい。


 



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