「忘年会?」
「おう。だからその日は俺の飯いいぞ」
今年もあと一週間ほどという、ある夜のこと。
TVを見ながら洗濯物を畳んでいるわたしに、静雄さんはそう言った。
「あ、じゃあその日はセルティのところ遊びに行っていいですか?」
「誘われてんのか?」
「はい。最近会ってないから新羅さんも寂しがってるって」
「そっか、じゃあ行ってこい」
別に、出かけることを静雄さんに禁止されてたわけじゃない。
けど夕飯のことがあったり、今はバイトをしてないわたしが、静雄さんのお仕事してる間に遊ぶのは何か違うと思ってただけで。
「つーか、俺に気ぃ遣わなくていいぞ」
「はい?」
「別に飯くらい1人でどうにか出来るし、誘われたなら俺のこと気にしないで行ってこい」
わたしは気を遣ってるつもりはなかったんだけど、静雄さんにはそう見えていたのだろうか。
優しいなあ静雄さん。
「もう冬休み入ったんだろ?」
「はい、昨日からです」
「暇な時はガンガンあいつらんとこ行ってやれ。その方が俺の気も楽だし」
「気も楽?」
わたしがそう聞き返せば、静雄さんは少し焦ったように否定した。
どうやらわたし1人家に残し、退屈な思いをさせている罪悪感が薄れる、という意味らしい。
「っていうか静雄さんこそ気ぃ遣ってるじゃないですか」
「そりゃ多少は遣うだろ、お前置いてってんだし」
「大丈夫ですよ。家事で忙しいし、家事終わっても年末だからTV面白いし」
わたしがそう言えば少しは安心したのか、そっか、と言って静雄さんが飲み物を口に含む。
あ、そうだ。年末年始のこといろいろ話さないと!
「そういえば、静雄さん年末年始は実家に帰るんですか?」
「…は?帰るわけねえだろ」
「え、何でですか?」
さも当たり前のようにそう言った静雄さんは、不思議そうな顔をするわたしを見て不思議そうな顔をする。
2人してこんな顔して、他人からに見たらさぞ間抜けだろう。
「だってお前いるし」
「いやいやどうぞお気になさらず」
「いいよ、別に実家なんていつでも帰れるし」
どうせ幽も帰ってこれねぇしな、と言う静雄さんは本当に帰る気がないらしい。
うううん、何か申し訳がない。
けど実家も池袋にある以上いつでも帰れるって話は事実なわけだし、本人がそう言うのならいいのだろうか。
「正月どうする?」
「どうするって?」
「初詣とか行くか?」
ああ初詣。
そういえばお父さんたちが亡くなってから1度も行ってなかったな、なんて思い出しながらTVに目を向ければ、ちょうど初詣のCMが流れていた。
「…この近くだったら、どこがあります?」
「あー…鬼子母神とか?」
「じゃあ4日あたりに行きましょうか」
「…普通元日とかに行くもんじゃね?」
いや、たしかに一般的にはそうなんですけどね。
でも静雄さんの場合はね、そういうわけにもいかないじゃないですか。
「多分人多いですよ?神様の前で怒ったりして、ご神木引っ込抜きでもしたら罰当たりです」
「……あー…」
「だから、三が日過ぎてから行きましょ」
「だな」
出会ったばかりだったらこんなこと絶対言えなかったけど、わたしも静雄さんも、お互いに慣れてきたんだろう。
それがわかってるのかポイントがずれたのか、静雄さんも特に怒ってきたりはしない。
いや、そもそも静雄さんってわたしに対しては怒ってくること少ないんだけどね。
「そうだ。お節とか作ります?」
「うち重箱ねぇぞ」
「あー…じゃあ年越し蕎麦と、お雑煮とかにしますか」
「汁粉もな」
「ふふ、わかりました」
そうだ、静雄さん甘いもの好きだもんね。
まあお節料理ってほどのものは作れないけど、筑前煮とかだったら作れるし用意しようかな。
「ちなみに忘年会の日って結構遅くなります?」
「何時になるかわかんねぇから迎え行く」
「わかりました、待ってますね」
何だかくすぐったいこの会話もずいぶんと慣れたものだ。
そういえば前にトムさんを呼ぶとか話してたけど、いつか本当に呼ぶのだろうか。
「この前トムさんと会った時、家に来てくださいって話してたじゃないですか」
「あー、そんなことあったな」
「今度呼んでくださいね、いつもお世話になってるので」
「じゃあ明日にでも都合いい日聞いとくわ」
「お願いします。あと―…」
それと、もう1つだけ聞きたかったこと。
少しだけ緊張しながら口を開けば、静雄さんは不思議そうにわたしを見る。
「静雄さんって、いつもお昼どうしてます?」
「大体外で食ってる。たまに弁当買ったりもするけどな」
「そこでなんですけど…来年からはお弁当持っていったりしません?」
突然のわたしの申し出にちょっとだけ驚いたような顔をした静雄さんは、驚きのあまりか煙草を落としそうになっていた。
そ、そんなに驚くことないと思うんですが。
「何で弁当?」
「だってジャンクなものばっか食べてちゃ体に悪いですよ。節約にもなりますし」
「わざわざ作るの面倒だろ」
「大丈夫ですよ。今は学校もないからゆっくり準備できますし」
前から思ってたけど、静雄さんは少々自分の体に厳しすぎると思う。
いくら静雄さんの体が頑丈だからって煙草も吸うわけだし、結局お弁当にした方が節約にもなって一石二鳥だと思うんだよね。
「でもたまにジャンクなもの食べたくなったりもすると思うから、不定期に作ることにします」
「…なら頼むか。悪いな」
「はい!」
面倒くさいって思われるかな、ってちょっと不安だったけど大丈夫らしい。
よかった、これで夕飯作りすぎた時とかはお弁当にまわせる。
「じゃあそろそろ寝るぞ」
「はーい」
静雄さんが電気を消して、わたしがTVをオフにする。
あの日以来はじめて迎える誰かとの新しい年に、胸を弾ませながら目を閉じた。