12月14日の午後5時半過ぎ、平和島宅の台所にて。


「何にしたらいいんだ…」


わたし大槻美尋は、多分ここ最近で一番悩んでいた。
今日は静雄さんの弟さんが来るという日なのだが、いまだ夕食のメニューが決まっていない。


「はあ…」


大体、好きなものがプリンと乳製品って何だ。
いや、人の好きなものにケチをつける気はさらさらない。
ただ作る側の身にもなってほしいという、それだけのことだった。


「牛乳…チーズ…」


思いつくだけの乳製品をあげて冷蔵庫の中を覗いてみると、毎朝静雄さんが飲む牛乳以外の乳製品は入ってなかった。
ここまで考えて何も浮かばないんだから、もういっそのこと好きなものにこだわらなくてもいいんじゃないか、なんて思いも一瞬よぎる。
その前にプリンと牛乳を食卓に並べればいいかな、なんて血迷ったことを思ったのはここだけの話。


「でもまあ、出来ることならね…」


そう。出来ることなら、弟さんの好きな食べ物を振る舞ってあげたい。
昨日の夜に弟さんの好物を聞いた時は、まあ1日あるんだから何かしら思いつくだろうと高をくくっていた。
だから嫌いなものを聞かなかったんだけど、それが悪かった。

静雄さんは別にいいんだ。
毎日毎日違うメニューを作るのにいちいち好きなものを意識するのも大変だし、わたしの食事も食べ慣れている。

けど弟さんは違う。
兄の家に来たら知らない女がいて、その女の作ったご飯を食べなくちゃならないという状況で、嫌いなものが入っていたら?
もし仮に嫌いなものがなかったとしても、どうせ食べるなら好きなものに越したことはないだろう。


「ヘルプミー新羅さん!」


ついに1人で考えることを諦めたわたしは、自分の周りで知識が豊富だろうと考えられる2人のうちの片方に電話をかける。
もう1人の方は何が何でも聞く気にはなれないし、となれば相手はただこの人だけに絞られた。


『もしもし、美尋ちゃん?』

「あ、新羅さんですか?お久しぶりですー」

『久しぶり。どうしたの?』


思ったよりも早くわたしの助けに応じてくれた新羅さん。
美尋ちゃんがかけてくるなんて珍しいね、と言いながら笑う新羅さんに希望の光を感じて、わたしは何だか安心した。


「あの、突然ですけど、乳製品使った料理ってどんなものがありますかね?」

『乳製品?静雄のリクエスト?』

「いや、今日静雄さんの弟さんが来るんですよ」

『幽くんが?へぇ、忙しいのに時間取れたんだね』


かすかくん…?そうか、静雄さんの弟さんはかすかさんって言うんだ。
っていうか新羅さんも弟さんのこと知ってたんですね。


「せっかくだし好きなものを作ろうと思うんですけど思いつかなくて」

『うーん…創作料理じゃないなら、ドリアとかグラタンとか、シチューくらいしか浮かばないな』

「ああシチュー!シチューいいですね!」


良かった、新羅さんに電話して本当に良かった。
この前静雄さんにシチューを振る舞った時おいしいって言ってくれたし、同じ環境で育った兄弟なんだから舌的なアレは大丈夫だろう。
ああもう、ほんとどうして思い浮かばなかったんだ!


「ありがとうございます新羅さん、助かりましたっ」

『お役に立てたなら何よりだよ。がんばってね』

「はい、ありがとうございました」


それでは、と電話を切り、冷蔵庫をもう1度覗く。
野菜…よし。お肉も…うん、ちゃんとある。確か小麦粉も買ってあるし、よし、大丈夫。
しかしご飯はどうしよう。
バターライスやオムライス、ケチャップライス…いろいろ浮かぶけど、やっぱりこういう時はパンの方がいいのかな。


「…時間なくなっちゃうよね…」


携帯を開いて時間を見ればもう午後6時、どうやら30分も悩んでいたらしい。
ああもう、さっさと新羅さんに電話しておけばよかった!
けど、ぐだぐだ悩んでても仕方ない。
賞味期限もうすぐの卵もあることだし、ここはオムライスにさせていただくとしよう。

そう意気込んだ時、インターホンの音が台所に響き渡った。


「はーい」


弟さんが来るにはまだ早いし、何かお届けものだろうか。
ぱたぱたとスリッパの音を立てながらすぐ近くの玄関に向かい、ドアスコープから向こう側を覗く。
…んん、横向いてるから誰かわかんないな。


「どちら、さ…」

「……」

「…え?」


音を立てて開くドアに気付いたその人と目が合った時、自分の目を疑った。
…あれ、わたし幻覚でも見てるの?だとしたら何で、


「羽島…幽平?」

「…誰?」

「え、ちょ…え?」


TVやポスターでしか見たことのない人がそこにはいて、現実についていけない頭が混乱する。
ここは静雄さんの家で、目の前にいるのは羽島幽平で。ちょっと待って、全然わからない。
そんなわたしの混乱に気付いているのかいないのか、本来ドアの横に掲げられているべきでありながら、何も書かれていない表札部分とわたしを交互に見て口を開く。


「ここは平和島静雄の家ですか?」

「ああ、はい…そうですけど…」

「…兄がお世話になってます」


よくわからない言葉が聞こえて、理解できない現実に頭が爆発するんじゃないかと思った。
けど目の前の、羽島幽平はわたしに軽く頭を下げて、顔色ひとつ変えずに立っている。


「あ、の。…静雄さんの、」

「弟です」


わお。
なんてことだと思ったところで、弟さんが来るという話をした時のあることに気付いた。
ははーん、弟さんが羽島幽平だから、映画のCM見た時に約束のこと思い出したんだな。


「あっ、すいません。どうぞ上がってください」

「ありがとうございます」


靴箱のすぐ横に置かれていたスリッパを急いで取り出し、弟さんの足元に置く。
ふう、「客なんか別に来ねぇんだしいいだろ」なんて静雄さんは言ってたけど、念のためにスリッパもう1つ買っておいて本当に良かった。


「あああ、えっと、何か淹れますからどうぞくつろいでください」

「いや、気にしなくても、」

「いえいえ、大切なお客さんですからっ」


何とか弟さんを座らせて、急いでお湯を沸かしに行く。
どうしようどうしよう。
静雄さんが帰ってくる前に弟さんが来るであろうことは想定の範囲内だったけど、まさかその弟さんが羽島幽平だなんて……
っていうか何で言ってくれなかったんですか静雄さん!


「…はっ」


ぐるぐるといろんなことを考えているうちに、少なめにいれた水が沸騰する音がした。
…よし、頑張れわたし。失礼のないように、丁寧に!


「お、お待たせしました…」

「ありがとうございます」

「あ、えっと。まだ静雄さん帰らないと思うので、TVでも見ててください。わたしは…まだご飯作ってなくて、これから作りますので!」


弟さんの返事も待たず、半ば逃げ出すかのように台所に走る。
うあああ緊張した!
いや、お客さんを放置するとか何事って感じだけどね。実際ご飯まだ出来てないから仕方ないよね!


「あの、」

「はっ、はい!」


腕をまくりながら自分に言い聞かせていると、閉め切られていたはずのドアの方から声がする。
思い切り肩びくってしたの見られた。恥ずかしい。


「ど、どうしました?」

「これ」


言いながら弟さんが渡してきたのは、綺麗な箱に入った2つのケーキ。
おおお、材料あったから食後に出そうと思ってプリン作ったけど、やっぱりこっち出してあげようかな。


「良ければ食べてください」

「…え?」

「兄さんと食べようと思ったけど、まさか人がいると思わなくて、2つしか買ってこなかったので」

「えーと…いいですよ?食後にでも静雄さんと食べてください」


やばい、何だか気を遣わせてしまっているようだ。
せっかく買ってきてくれたとなれば静雄さんも喜ぶだろうし、これ出してあげたいんだけどなあ。


「あ、そうだ。じゃあわたしプリン作ったので、それとこれ両方出しましょう!」

「プリン?」

「はい。えっと、プリンお好きなんですよね?」

「好き…ですけど、」

「あっ、違いますよ?変なアレじゃなくてですね、」


弟さんが来るって聞いて、それで好きな食べ物聞いたんです。
変なアレって何だと自分でも思ったけど、弟さんはそんなに気にしてないらしい。
小さな声で「そう」とつぶやくと、わたしの持つケーキの箱から保冷剤を取り出した。


「…あの、すいません」

「はい」

「えーと…羽島さんとお呼びしたらいいのか、幽平さんとお呼びしたらいいのか、幽さんとお呼びしたらいいのか…」

「幽でいいですよ」

「はっ、はい」


まだ緊張して目は見れないけど、何とか一歩前進だ。
正直なんて呼んだらいいのかわかんなかったし、弟さんって呼ぶのもちょっと失礼な気がしてたんだよね。


「これ、ありがとうございます」

「…いえ」

「後で出しますね」


そう言って冷蔵庫にケーキをしまい、幽さんを再び座らせる。
いまだに消えることのない緊張を感じる中、静雄さんが早く帰ってきますように、と願い料理に取り掛かった。


 



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