「大槻。先生はな、お前はそんな子じゃないって信じてるんだ」

「…はい?」

「だけどな、実際お前は進学しないし、この不況だから就職も不安だろう」

「はあ…」

「だからって、やっていいことと悪いことがあるんだ」

「…んん?」

「もし自暴自棄になってやってしまったなら言ってくれ」

「……あの、」

「ん?」

「…何の話ですか?」







「あはははははは!何それ、美尋疑われたわけ?」

「もう最悪だったよー!おかげで移動教室遅れて怒られるし…」

「でも確かに、先生がそう言うのもわかる気がする」

「え、何で?」

「だって美尋、」







「『最近煙草の匂いがする』」

「…は?」

「って、今日言われたんです」

「誰に」

「先生と、友達に」


ご飯も食べ終わり、まったりTVを観ていた時のこと。
煙草に火を点ける音で思い出しそう言えば、静雄さんは眉間に皺を寄せて自分の煙草を見つめた。


「あー…そっか。そうだよな、お前まだ高校生だもんな」

「ん?」

「これからはベランダで吸うわ」


その代わり、窓開けた時寒いって文句言うなよ。
灰皿を持って立ち上がり、ベランタに向かおうとする静雄さんの部屋着の裾をつかめば、何だと言わんばかりの視線を向けられる。


「あの、違うんです。わたし煙草の匂い嫌いじゃないし、匂い自体は説明したから大丈夫なんです」

「どう説明したんだよ」

「最近親戚の家に引っ越したばっかりで、そこの人が煙草を吸うって」

「納得してたか?」

「はい、もうバッチリ」


そう笑えば静雄さんも納得したように座り、再びテーブルの上に灰皿を置く。
まあ親戚ではないけど、引っ越したのは本当だし、事実吸ってるのはわたしじゃないからね。


「で、問題はここからなんですけど」

「どうした」

「引っ越したなら、学校に住所変更の届を出せって言われました」

「あー…なるほどな」


成績表やら学校からのお知らせを届けるためなんだろうけど、正直面倒でしかない。
成績表はわたしも気になるからまだアレだけど、お知らせなんてわたしも読まないし、静雄さんのところに届くのもおかしな話だ。


「じゃあ住所書くから何か紙出せ」

「え、いいんですか?」

「届出さなきゃいけねえんだろ?」


何ていうか、そんなあっさり承諾されるとは思わなかった。
仕方がないことなんだけど、学校に届を出すとか、そういうのに自分の住所が使われるのは嫌がるかと思ってたのに。


「ほら。無くすなよ」

「おおお…」

「…何に感動してんだよ」


お前すぐ物無くすんだからちゃんとしまっとけ。
そんな声を聞きながら読む見慣れない文字の羅列は新鮮で、何だか嬉しい。


「静雄さんって、字きれいですね」

「そうか?」

「はい、男の人にしてはきれいな部類だと思います」


初めて目にした数字以外の静雄さんの字は、多分、きれいだった。
まあ先生以外の男の人の字なんて目にしないからよくわからないけど、もっとこう、静雄さんはアレなイメージがあったから意外。あ、失礼だね。


「とにかく、ありがとうございます」

「ん」


よし、明日はこれ持って事務所行かないといけないし、無くしたら怒られるっていうか呆れられるだろうからお財布にしまっておこう。お財布なら忘れようがないしね。


「お」

「ん?」


がさがさとお財布を学校のかばんにしまった時、TVを見ていた静雄さんが声を上げた。
それにつられて無意識にTVを観れば、確か綾ちゃんが好きだと言っていた俳優さんの映画のCMが流れている。


「ああ、羽島幽平ですか」

「…知ってんのか?」

「よく駅前でポスターとか見ますし、友達がすっごいファンなんですよ」

「へえ」

「この前も主役の映画やってたのに、また主役だなんてすごいですよね」


1人暮らしをしてた時は家にTVは置いてなかったけど、そんなわたしでも知ってるくらい有名な俳優さん。
ほんと大人気だよね。


「…あ、」

「どうしました?」

「今日って何日だ?」

「10日ですけど」


何かを思い出したかのようにハッとした静雄さんは、何だか焦った様子で日にちを聞いてくる。
どうしたんだろう。


「言い忘れてたけど、14日弟来るからな」

「…は?」

「出来るだけ早く仕事終わらせるつもりだけど、多分あいつの方が先に着くだろうから家あげといてくれ」

「え、ちょ、」


何で羽島幽平の話をしてる時に思い出したんだろうという疑問はありつつも、思い出したものは仕方がない。
そんなことより今は弟さんだ弟さん!
急にそんなこと言うからわたしびっくりしちゃいましたよ!


「弟さん来るならわたしどっか行っときますよ」

「は?何でだよ」

「いやいやだって兄弟水入らずじゃないですか」

「別に気にすることねぇよ、最近どうだって話するくらいだし」


ええええええ。
静雄さんはそう言ってくれてもね、弟さんもそう思うとは限らないじゃないですか。
久々に会う兄弟が水入らずで話するって時に赤の他人がいたら、普通に空気読めないって思われますよ。


「そういうわけにはいきませんよ。わたしその間どっか行ってますから、ゆっくり話してください」

「だから平気だって言ってんだろ。あいつ俺ん家の鍵持ってねぇし、うちで飯食うって話になってんだよ」

「えええええ…」


何ですかそれわたし完全にいなきゃいけない感じじゃないですか!
…いや、確かに静雄さんの弟さんだなんてすごい興味あるよ?けどそれとこれとは別だと思うのわたし。
そんな好奇心だけで兄弟の大切な時間を邪魔しちゃいけないことくらいわかってるの。


「っつーことだから頼むぞ」

「…いやいやいや!静雄さん待って!寝ようとしないで!」

「それ以上何か言ったら今すぐ追い出すぞ」

「う…っ!」


ひ、卑怯だ。
それを引き合いに出されたらわたしがうなづくしかないことをわかってて言ってるよこの人!


「…あの、1つだけ質問したいんですが」

「何だよ」

「…弟さんが来るって決まったの、いつですか?」

「先々週」

「うあああああ」


何でこんな直前に言うんですか!
わたしの叫びは、静雄さんの「早く寝ろ」という言葉を前にもろくも崩れ去った。


 



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