「…う、…」


静雄さんの家に引っ越してきて初めて迎えた朝。
おはようございます、今日もいい洗濯日和です。


「…ねむ、」


テーブルを挟んだ向こう側のベッドで寝ている静雄さんは、まだ夢の中にいるらしい。
…ちょっと時間早いけど、起きたら俺のことも起こせって言ってたし、起こしていいのだろうか。


「静雄さん、静雄さん」

「……ん」

「静雄さーん。朝ですよ」


あ、目開けた。
静雄さんって朝弱そうなイメージだったけど案外寝起きはいいんだな。


「…あー…今何時…」

「えーっと…7時半ですね」

「……早すぎんだろ」


わずかに眉をひそめた静雄さんは、そう言いながらわたしの頬を軽くつねる。
ちょっ、自分で起こせって言ったのに何だその反応。
今日日曜だぞとか戦隊もの楽しみにしてる小学生かとか、もぞもぞしながら好き勝手言ってらっしゃる。なんとまあ。


「まだ寝ます?」

「…いや、いい。目ぇ覚めた」


軽く伸びをして煙草をくわえた静雄さんは、そうは言ったもののまだ少し眠そうで、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
…何か、静雄さんの新たな一面を垣間見た気がする。


「お腹空いてます?」

「…あー、飯はいいや。牛乳とってくれ」

「はーい」


牛乳牛乳…あ、あった。
水切りラックの1番上に置かれていたグラスにとぽとぽと牛乳を注ぎ、煙を吐き出す静雄さんに渡す。
っていうか台所めっちゃ寒かった、今度スリッパ買おう。


「今日はどうすんだ?」

「この後はとりあえず掃除と洗濯して…それ以外何も浮かびません」

「…家事だけか」


ため息を吐くことはないと思う。
そういう静雄さんだって、まだ出会って間もない頃に休日の過ごし方を聞いたら、ただ一言「寝てる」って言ってたくせにさ。


「…あ、そうだ」

「ん?」

「わたし、ここから学校までの行き方わかんないです」

「…俺はお前の学校自体知らねぇんだけど」


…なんていうか、こういう時、わたしと静雄さんって、もしかしてまだ出会ってから1週間とかくらいしか経ってないんじゃないかって錯覚に陥る。
昨日からとは言っても一緒に暮らしているのに、わたしも静雄さんのことよく知らないしなあ。


「来良の近くの学校なんですけど、知りません?」

「…ああ、お前女子高行ってんのか」

「そうなんですよ。最短ルートわかります?」

「最短かはわかんねぇけど、行き方はわかる」

「じゃあ後で教えてください。あ、あとその時ちょっと買い物します」


買い物?何買うんだ。
そう言いたげな視線に「スリッパほしくて」と答えれば、納得したように軽くうなづいた静雄さんは煙草の火をもみ消した。



******



「静雄さん、他に洗うものあります?」

「これ頼む」

「はーい」


静雄さんから受け取ったバーテン服を洗濯機に突っ込んでボタンを押せば、ごうんごうんと音を立ててまわりはじめる。
ああなんて幸せなんだろう。
雨の日も風の日も、夏だって冬だって関係なく室内で洗濯ができるなんて、それだけで静雄さんの家に来て良かったと思える。


「…何してんだ?」

「いえ何でも。どうしました?」

「布団どうする?」

「あー…どうしましょ」


両手を広げて洗濯機を抱き締めているところを見られてしまった。恥ずかしい。
でもここでうろたえたらだめだ、とばかりに扉の向こうから顔だけを覗かせる静雄さんの元に歩いていけば、数時間前に干した布団がベランダの前に置かれている。


「置いとくには邪魔ですよねえ」

「クローゼットに入れるか?」

「スペースあります?」

「布団一組くらいなら入れられんだろ」


そう言って静雄さんが開いたクローゼットの中はまあそれなりにごちゃっとしていて、なんていうか、デッドスペースがちょいちょいある。
でもこれなら整頓すればかなり物も入れられそうだし、一安心だ。


「っていうか静雄さんバーテン服以外にも服持ってたんですね」

「当たり前だろ」

「だってわたしバーテン服以外の静雄さん見たことないですもん」

「あー…確かにそうだな」


それにしても、部屋着はこんな適当にしまわれてるのに、どうしてバーテン服だけはきちんと畳んであるんだろう。
いや、きちんと畳むのは非常にいいことなんですけどね。


「じゃあここのとこに入れていいですか?」

「その高さならお前1人でも出し入れ出来るしな」

「けってーい」


そう言って布団を運ぶべく立ち上がれば、静雄さんがそれを制止して、飲みもん持ってきてくれ、と頼んできた。
どうやら布団は運んでくれるらしいが、相変わらず台所の床は冷たい。
そうだ。スリッパも必要だけど、布団を置くんだから出来るだけ早いうちにすのこも買った方がいいかもしれない。


「お茶でいいですか?」

「おう、その辺置いといてくれ」


ほこりが入ってしまわないように飲み口の部分を手で覆いながらテーブルに置けば、布団をしまい終えた静雄さんがベッドに腰かける。
うん、やることないって思ってたけど、やっぱ新生活って予想外のことがいろいろとあるものだなあ。


「はー」

「何だよ」

「疲れました、何だか」

「…まだ出かけてすらいないだろ」

「いやーそうなんですけどね」


今までとやることは変わらないと言っても、やる場所が違うというだけで少しの違いも大きく感じられる。
細かいところで言えば洗濯機のスイッチ、大雑把に言えば家の構造。
これからどんどん慣れてくっていうのはわかってるけど、まだまだ静雄さんに聞かなきゃわからないことなども多い。


「お前の好きにやりゃいい」

「はい?」

「出来る限り手伝うけどよ、多分家事はほとんどお前に任せることになっちまうだろうし」

「はあ」

「とにかく、物の配置だとかなんだとかは、お前のやりやすいようにしろよ」


俺がやる時にわかんなければお前に聞きゃいいんだしな。
そう言った静雄さんをじっと見ていると、居心地が悪そうに睨まれる。
多分、何だよ、って言いたいんだと思うんだけど。


「何か新婚みたいですね」


わたしがぽつりと呟くと、静雄さんがお茶を噴き出した。


 



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -