「お邪魔しまーす…」

「いらっしゃい美尋ちゃん」


さあさあ上がって、と笑顔で言う新羅さんに導かれ、広い玄関を抜けてリビングに入る。
静雄さんはまだ仕事が終わらず、セルティも仕事で来れないということでお邪魔することになったけど、本当に迷惑をかけてしまってて申し訳ないなあ。


「何だか美尋ちゃんに会うのは久々な気がするよ」

「そういえば手が治ってから初めて来ましたね」

「用なんてなくても来てくれていいんだからね。僕もセルティもそのほうが嬉しいし」

「はい、ありがとうございます」


わたしも出来ればそうしたかった。
こんなことが起きたことを理由にじゃなく、もっと何でもない理由で新羅さんたちの家に来たかった。
けどそういう思いも今この状況だから思うことであって、普段だったらいつでも行けるから、って思っちゃうんだろうなあ。


「美尋ちゃんコーヒー苦手だったよね?紅茶とココアあるけどどっちがいい?」

「あ、じゃあココアください」

「わかった、淹れてくるからちょっと待っててね」

「ありがとうございます」


さっきは迷惑をかけて申し訳ない、って言ったけど、最初と比べたらわたしもだいぶ遠慮がなくなってきたように感じる。
今だってそう。
ソファーの定位置に座って、新羅さんの言葉に「お構いなく」と言わないどころかちゃんと飲みたいものを選んでる。
まったくわたしも偉くなったものだ。


「はい、お待たせ」

「ありがとうございます」

「その後どう?まあその後って言っても、僕が話を聞いてから1日しか経ってないけど」

「昨日はわたしの写真が入ってたくらいで、他は大丈夫でしたね。セルティが一緒にいてくれましたから」

「そう、それは良かった」


良いんだか悪いんだかわかんないけど、新羅さんが言うならきっと良いんだろう。
うん、特に悪化してないって考えればこれは良いことなんだ。
マグカップからもくもくと上がる湯気を見ながら考えれば、ハッとしたように新羅さんが口を開く。


「そうだ、静雄あと20分くらいでこっち来れるって。美尋ちゃんが来る前に連絡来たよ」

「そう、ですか」

「…どうしたの?」


うつむいたままマグカップをぎゅっと握れば、熱すぎるくらいのあたたかさが両手にじわじわ広がっていく。


「…わたし、本当にいろんな人に迷惑かけてるなあって」

「…うーん」

「自分でも嫌なのに、みんなに心配させたり、迷惑かけることばっかり起こしちゃうんです」

「本当にそうかな?」


その声に顔を上げれば、新羅さんは思ったよりも穏やかな表情をしていた。
本当にって、どういう意味ですか?


「たしかに美尋ちゃんには不撓不屈な面が―…」

「あ、すいません。えっと…それどんな意味ですか?」

「ああごめんね。困難や障害を乗り越える力がある、ってことだよ」

「え、わたしへにゃへにゃしてるとか危なっかしいとか、そういうことよく言われますけど」

「うん、まあそうなんだけどね」


え、そこ否定しないんですか?
おっかしいな、セルティだったら(きっと、多分)否定してくれるところなのに、当然ながら新羅さんはセルティと違う人間らしい。
いや、そもそもセルティは人間じゃないんだけど。

そんなことをぐるぐると考えていると、知らないうちに百面相をしていたらしく、もっとわかりやすく言おうか、と新羅さんが笑う。


「確かに僕から見ても危なっかしいと思うよ」

「そうですか…」

「だからね、美尋ちゃんが危なっかしい理由を教えてあげよう」

「ほんとですか!」


それで周りに迷惑をかけることが減るならぜひともお伺いしたいです。
すこし身を乗り出すようにして言ったわたしに、新羅さんは真剣な顔をして言った。


「美尋ちゃんはね、何でも自分1人でやろうとしてしまうんだよ」

「…自分1人で?」

「そう。確かに君には困難や障害を乗り越える力はあるけど、それって誰にも頼らずに、っていうこととは違うんだ」

「………」


思い切り心臓をつかまれたかのように、胸がぎりぎりと痛む。
あまりに新羅さんの言うことが的確すぎて返す言葉もないわたしは、ただ黙ってうつむくことしか出来ない。


「早くにご両親を亡くして、そうならざるを得なかったっていうのもわかる」

「……」

「けどね、今は僕もセルティも、門田くんたちも、静雄もいるんだから」


もう1人で頑張らなくてもいいんだよ。
うつむいたままかけられた言葉に、無意識に涙がこぼれるのがわかった。
格好悪い。こんな姿見せたくないのに、こぼれる涙は重力に従ってココアに波紋を作っていく。


「もしかしたら美尋ちゃんは違うって思うかもしれないけど、社会的に見ても、君はまだ大人じゃない」

「…はい」

「だからね、全部自分で出来るって思わないで、もっと僕たちを頼ってほしいんだ」

「……」


自分で出来ると思っていたのに出来なかったことが、この数ヶ月でどれだけあっただろう。
そしてそのどれもが、出来ると思っていたのは自分だけで、傍から見たら到底わたし1人じゃ出来ないことだったのかもしれない。
なのにそれを認めたくなくて、認めたら自分自身がだめになってしまう気がして。


「美尋ちゃんは1人じゃないんだよ」

「……はい…っ、」


本当はずっとその言葉を待っていたのかもしれない。
誰かに言ってほしくて、そう言ってくれる人を、場所を求めていたのかもしれない。


「…ココア新しいの淹れ直そうか。ほら、涙拭いて。静雄が見たら僕が泣かしたと思われちゃう」

「…泣かした のっ、新羅さんじゃ、ないですか」

「…おい新羅、どういうことだ」

「うわあびっくりした!」


噂をすれば、なタイミングで現れた静雄さんは、新羅さんの頭を片手でつかみながらドス黒いオーラをかもし出しす。
な、なんてすごい力だ。


「ちょっ美尋ちゃん!びっくりしてないで説明して!」

「え」

「いつもの君だったら『違うんです静雄さん!新羅さんは何も悪くないんです!』とか言ってくれるだろ!」

「おい美尋、正直に言え」

「新羅さんに泣かされました」

「美尋ちゃんんん!!!」

「よし、よく言った」


断末魔の叫びと言っても過言じゃない声を上げ、新羅さんがわたしに助けを求めてくる。
けどその表情が少し楽しげだったから、心の中でお礼を言いながら、勝手に入った台所でわたしと静雄さんの分のココアを淹れることにした。


 



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