「…っ」

「ト、トムさん大丈夫ですか!」

「これくらい…っ何とも…うっ!」

「トムさあああん!」


茶番だと思うかい?
そう思うのなら、あなたもこの場に来てわたしと同じ立場になってみればいい。


「大丈夫ですかっ!?」

「あー…何か腕しびれてきた」

「す、すぐドア開けますからねっ、もうちょっと我慢してくださいね!」


あれからおよそ15分。
トムさんの指示のもとタクシーで向かった静雄さん宅のドア前で、わたしたちの静かな戦いは繰り広げられていた。
あ、ちなみに鍵だけど、いざ到着した時に手間取らないよう、移動中に(勝手に)お預かりしました。

…それは、そこまでは良かった。
問題は、キーケースに4つの鍵がついているということだった。
どれが静雄さんの家の鍵かなんて当然知る由もないわたしは、1秒ごとに限界が近付くトムさんの腕を心配しながら、何とか鍵を開けることに成功したのだった。


「さあどうぞトムさん!」

「助かった…」

「あっ、わたし先に入って電気とかつけますね!」


お邪魔します、と心の中でつぶやいて、携帯の光を頼りに電気を探す。
パチッ、という音に少し遅れてわたしの目に飛び込んできたのは、


「さっ…」

「さ?」

「殺風景…」


そう、殺風景。
これほどその言葉がぴったりな部屋もそうそうないだろう。
それくらい、静雄さんの部屋には物が少なかったのだ。


「よしっ、と…」

「あっ、すいません。1人で大丈夫でしたか?」

「大丈夫大丈夫。あ、美尋ちゃん首のタイ外してやってくれる?」

「はい」


あまりの物の少なさに驚いてトムさん1人にすべてやらせてしまった。
いや、まあわたしがその時できることと言えば掛け布団をまくって、…うん、まくるくらいしかなかったね。


「とりあえずメモか何か残して、鍵はポストにでも入れとくべ」

「そうですね、じゃあわたし書いときます」

「おう、頼むわ」


バーテン服のポケットに入っていたサングラスをテーブルの上に置いて、かばんの中から紙とペンを取り出す。
…ふむ、こんな感じでいいだろう。


「終わりましたよー」

「ん、じゃあ行こうか」

「はい」


おやすみなさい、静雄さん。
穏やかな寝顔に小さく呟いて、わたしたちは平和島宅をあとにした。



******



「そういえば、あいつの反応どうだった?」

「あいつ?」

「静雄。プリンのこと」

「あー、あれですか」


トムさんの横顔を見ながらタクシーに揺られる。
やっぱり悪いからってことで送ってもらうのはお断りしようと思ったんだけどね、わたし静雄さんの家から自宅までの道のりわからないからね。
お言葉に甘えることにしました。


「静雄喜んでたか?」

「はい。損得勘定で関わってんじゃないからって言ってましたけど、喜んでくれました」

「そっか、あいつらしいな」


やっぱこの前機嫌が良かったのはそのせいか。
窓の外を眺めていると聞こえたそんな言葉に、思わず自分の耳を疑った。


「静雄さん、ご機嫌だったんですか?」

「本人は無自覚だったんだろうけどな。明らかに機嫌よかったよ」

「おおお…」

「もしかしたらいろいろ言われたのかもしんねぇけど、俺に免じて許してやってな」

「あはは、大丈夫ですよ。ちゃんとわかってますし、ちゃんと喜んでくれてましたから」


新羅さんは以前、本来は大人しい性格なんだよ、と静雄さんのことを語っていた。
わたし自身も、大人しいとは言わないまでも静雄さんはあまり自分の感情(あ、怒り以外ね)を表に出さないタイプだと思ってたから、この前「嬉しかった」って言ってくれた時はすごく嬉しかったんだよね。


「静雄さん、最初は同情だったけど、今はそういうのなしでわたしと関わってるって言ってくれたんですよ」

「…同情って何への?」

「あ、言ってませんでしたっけ」

「うん、何のことかわかんねぇけど」

「えーと…わたし1人っ子で両親亡くしてて、1人暮らししてるんです」


そう言った瞬間、トムさんの目が一層開かれたのが薄暗い車内でもわかった。
あああそうだ、トムさんにはその話してなかったんだった。
何かやだなあ、わたし可哀想とかって思われたいわけじゃないのに、言い出すような状況自分で作り出しちゃった。


「あー…なるほどな」

「…何かすいません、変な話しちゃって」

「いや、気にしなくていいよ。美尋ちゃんとは昨日今日の付き合いじゃねぇんだし」


この会話になった途端、車内の空気が少しだけ重くなった気がする。
けどそれは決してトムさんのせいなんかじゃない。
自ら墓穴を掘ってしまったわたしと、こっそり聞き耳を立てているであろう運転手さんが原因だ。


「ま、あいつもあれで面倒見いいからな」

「ふふ、そうですね。わたしいっつも心配させちゃってます」

「だろうな。多分、自分のせいで美尋ちゃんが何かに巻き込まれたりするのが嫌なんだろうよ」

「…そうなんですかね?」

「あくまで俺の想像だけどな」


でも確かにそういうことを考えそうだ。
静雄さんが原因でなにか悪いことが起きたことは今のところな―…
いや、うん。臨也さんがあれやこれやで何か起きるのかもしれないけど、でもそれは静雄さんとは関係ないもんね。っていうかないって信じたい。


「わたし警戒心薄いみたいで、いつか誘拐されるぞってこの前言われました」

「あー…何かわかるわ。うん、されそう」

「トムさんまで…」

「悪い悪い、けどあいつがそう言うのも何かわかるんだよ」


笑いながら言うトムさんには、静雄さんの気持ちがわかるらしい。
何でだろうなあ、わたしそこまで鈍くさくはないと思うんだけど。
あ、運転手さんそこ右で。


「ま、気をつけるに越したことはないな。静雄に心配かけたくないんだったら」

「わたしが気をつけてどうにかなったらいいんですけどね…いかんせんどうにも出来ない気がして」

「その時は静雄に連絡するしかないだろうなあ」

「それも言われました、何かあったらすぐ電話しろって」

「そっか。あいつもずいぶん過保護な奴だわ」


ああそうか。
心配してくれる静雄さんをどう表現したらいいのかと思っていたけど、そうだ、過保護だ。
うん、やっぱり静雄さんってお父さんとお兄ちゃんが混ざったみたいな人。


「あ、運転手さんそこでいいです」

「ん、もう家?」

「はい、すぐそこの電柱のとこなんです」


肩から下ろしていたかばんを手に取って、会話が中途半端になってしまったことを謝った後、今日1日のお礼を言う。
走り去ったタクシーを見送りながら考えたのは、念のために静雄さんに鍵のことをメールしとこう、ということだった。


 



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