いつもと同じ髪型、いつもと同じ体型、いつもと同じ顔、いつもと同じ場所に立つわたし。
ただひとつ違う左手首を見て、よかったと心から思った。


「ん、美尋ちゃんじゃん」

「あっ、トムさん!静雄さんもこんばんは」

「おう。バイトか」

「はい!」


いつも通り販促をするわたしの視界に、突如見慣れた2人が入ってきた。
バイト中に会うのは初めてだな、なんて頭の隅で考えながら、静雄さんに言わなくちゃいけなかったことを思い出す。


「そうだ静雄さん。わたしバイト前に新羅さんのところに行ってきたんですけど」

「ん」

「じゃじゃーん!手首完全復活です!」


包帯の取れた手首を見せて誇らしげに言えば、静雄さんは少し驚いたあと、わたしの手首にそうっと触れる。


「そっか、よかったな」

「ふふー」

「もう全然痛くねえんだよな?」

「はい!」


痛み自体はもうずいぶんと前から消えていたし、ここ1週間くらいは念のために新羅さんのところに通っていた程度だった。
そしてもう1つ、静雄さんに伝えたいことというのが。


「新羅さんが、もう普通にお店の中での仕事していいって」

「大丈夫なのか?」

「ここ最近は一応で控えてただけなんで、実際はもっと前からやって平気な状態になってたみたいです」

「じゃあ近いうちにお前の店行けるな」


完全に2人だけで話していたわたしたちを見て不思議そうな、でもどこか嬉しそうな顔をしているトムさんに気がついた。
いけないいけない、トムさん置いてけぼりにしちゃった。


「あのですね、わたし手首怪我してて販促だけしてたんですけど、治ったらわたしのお店来るって静雄さんが言ってくれてたんです」

「ああ、なるほどな」

「トムさんと一緒に行くって話してたんすよ」


わたしの手首にもう1度目線をやって、静雄さんが安心したように笑う。
おお、そんな表情もできるんですね。言ったら怒るかもだから言わないけど。


「ならこれから行くか」

「え?」

「俺ら今日はもう仕事終わりなんだわ。昨日ちょっと頑張ったからよ」

「おおお」


結局わたしは、静雄さんが何の仕事をしているのか知らない。
別に興味がないとかそういうのではないけど、まあ簡単に言ってしまえば、静雄さんがどんな仕事をしていようと、静雄さんが静雄さんならそんなのどうだっていいからだ。


「トムさんがいいなら俺もいいですよ」

「よし、じゃあ行くか」

「おお、まじですか!いいんですか!」


別に一緒にご飯を食べられるわけでもないのに、2人が来てくれるというだけでなぜか嬉しい。
ふふ、手首治って、今日バイト中に偶然会えて本当に良かったなー。


「でもお前、手首治ったなら何で外いるんだ?」

「普段販促してる子が熱で休んでるから、みんなで交代で販促してたんです」

「お前いなくなって大丈夫なのか?」

「そろそろ交代の時間ですから大丈夫ですよー」


じゃあ案内してくれる?
トムさんの言葉に歩き出し、お店までの道のりで繰り広げる会話。
さあ今日は何をサービスしようか。
いつもより少し高揚する頭で、そんなことを考えた。



******



「飲み物どうします?」

「じゃあ生1つと…静雄は?」

「あー………」


お店に到着して10分。
運よくお客さんも少ないということで、静雄さんたちへの接客や提供はわたしが担当することになりました。


「静雄さんどんなお酒好きですか?」

「あんま苦くないもんがいいな」

「じゃあカクテルにします?果物系とか牛乳で割る系とかいろいろありますけど」

「苦くねぇなら何でもいいや。とりあえず甘いやつ頼む」

「はい、わかりました」


適当なおつまみをハンディに打ち込んで、ドリンクを作るべく歩き出す。
なるほど、静雄さんって苦いの好きじゃないんだ。初めて知った。
それにしても甘いお酒か…色々ありすぎて迷うけど、何作ろうかな。
静雄さんと果物って(握りつぶす的な意味以外で)リンクしないし、牛乳で割る系のほうがいいかも。
マリブかカシスかバーボンか…ううん、どうしよう。


「…とりあえず、定番のカルーアでいいかな?」


そんな独り言を呟いてグラスを手に取れば、任されているという思いから自然と頬もゆるんでしまう。
…そう。この時のわたしは、静雄さんがお店に来たことであんなことになることを、まだ知らなかったのだ。



******



「お待たせしました!はい、トムさんがジン・バックで、静雄さんがレゲパンですね」

「おっ、サンキュー」

「…レゲパン?」

「えっとですね、レゲエパンチっていう桃のお酒のウーロン割です。ピーチウーロンとも言いますね」

「へえ」


あれからおよそ2時間。
結構な量のお酒を作り提供してきたような気がするけど、静雄さんもトムさんも顔色1つ変わらない。
2人ともお酒は強いらしい。


「…え?」

「お、おい静雄?どうした」


そう思ったのもつかの間、静雄さんの動きが停止する。
何々どうしたの、ちょっと怖いんですが。


「……ぃ…」

「え?」

「……ねみぃ…」


え、ちょっと。静雄さん?ねえ静雄さん!
わたしのそんな叫びもむなしく、グラスを持ったまま静雄さんが舟を漕ぎ出してしまう。
ちょ、こんなとこで寝ちゃダメですよ静雄さん!


「あー…美尋ちゃん、悪いけどシメてくれる?」

「あ、はいっ、すぐ伝票持ってきます!」


お酒に強いと思った直後にあんなものを目にするとは思わなかった。
強いと思ってたけどそうでもないのか、それとも今日は疲れているのだろうか。


「はい、こちら伝票です」

「思ったよりだいぶ安いな」

「持てる限りを尽くさせていただきました」

「何か悪いね、サンキュ」


ついでにタクシー呼んでもらっていい?
お財布を取り出しながら言ったトムさんからお金を受け取って、いそいでタクシーを呼ぶために受話器を取る。
数十秒後、お釣りを持って2人のところに戻れば、相変わらず静雄さんのまぶたはかたく閉じられていた。


「今タクシー呼びました。駅前だからあと5分くらいで来ると思います」

「おう、ありがとな。美尋ちゃんはまだ上がらねえの?」

「えーと…あ、10時過ぎなのでもう上がりですね」

「なら一緒に帰んべ、送ってってやるからさ」


ニッと笑って言ったトムさんにも、この前静雄さんに感じたお兄ちゃん的要素を感じずにはいられなかった。
でもそんなの申し訳ない。ここは丁重にお断りを、


「実際、俺1人でこいつのことベッドまで運ぶのはきついしさ。手伝ってほしいんだけど」

「あ、そういうことならわかりました」


…お断りを、しようとしたんだけど。
しかし当の寝てる人はこの身長だ。トムさんは男の人だから運ぶのは無理じゃないにしても、家の鍵を開けて寝かせてっていうのはさすがに無理だろう。


「じゃあ着替えてきちゃいな、ここで待ってるからさ」

「はい、わかりました」


ぺこっと頭を下げて、休憩室へ急ぐ。
これから待ちうけているであろう地味な肉体労働にため息を吐けば、トムさんの苦労が少しわかった気がした。


 



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