「学園祭?」
いつも通りの昼休み、いつも通り2人でご飯を食べていると、綾ちゃんが何やら言い出しました。
「そう!来良学園あるじゃん?あそこで今度学園祭あるんだ」
「来良学園って…どこ?」
「え、美尋知らないの?すぐ近くにあるじゃん!」
「知らないー」
今日も今日とておにぎりをもぐもぐ食していると、これまたいつも通りわたしの無知さに綾ちゃんが呆れ、ため息を吐いた。
それにしても、来良学園とはまた変わった名前の学校だなあ。
「青い制服の学校だよ。見たことあるでしょ?」
「あー、あの薄い青の?」
「そうそう。でさ、行かない?」
「何に?」
「だから学園祭!」
ああそういえばそんな話だったね、とぼんやりした頭で言えば、綾ちゃんがまたため息を吐く。
…今のはわたしが悪いにしても、ちょっと呆れすぎではなかろうか。
「今週の土曜なんだけどどう?」
「用事もないし行ってもいいけど、わたしお金使わないよ?」
「全然オッケ、行ってくれるなら何でも奢っちゃう!」
なるほど、綾ちゃんのこの反応を見る限り、イケメン探しが目的らしい。
何個も何個も奢ってもらう気はさらさらないけど、わたしはそっち方面に興味はないし、とりあえず何か1つくらいは買ってもらうことにしよう。
「じゃあ10時に東口で待ち合わせでいい?」
「うん、いいよ」
「やった、ありがと美尋!」
うきうきした様子の綾ちゃんを見ていると、何だかこっちまでほっこりしてくる。
そうだよね、綾ちゃん彼氏が出来ても、すぐに女々しいやら束縛が激しすぎるやらで別れてきたし、今度こそいい人と出会えるといいな。
「誰だかわからないけど感謝しなきゃ」
「え?」
「あ、言うの忘れてたね。来良の学園祭ってチケット持ってる関係者しか入れないんだけど、」
この前知らない人に声かけられて、その人がタダでチケットくれたの!
嬉々として言う綾ちゃんの言葉に、ついお茶を噴きそうになってしまった。
ちょ、え、知らない人からもらったって綾ちゃん!
「いや、綾ちゃん危機感なさ過ぎでしょ!知らない人から物もらっちゃ駄目だよー!」
「だって来良ってイケメン多いらしいし、1年の頃からずっと行きたかったんだもん。っていうかあんたに言われたくないわ!」
笑いながら言う綾ちゃんを見て、確かにその通りだと先月のことを思い出す。
…うん。相手が静雄さんだったからよかったけど、普通に知らない人についてくことの方がよっぽど危ないよね。
相手によっては何かに巻き込まれる可能性だってあるわけだし。
「その人来良の卒業生らしいんだけど、自分は行けないからってくれたんだ」
「…えー…」
「まあ普段だったら知らない人から物もらうこともしないし、安心してよ」
大丈夫かなあ、なんて考えながら、お茶をこくりと口に含む。
ちょうどその時ポケットに入っていた携帯が鳴って、驚きのあまりお茶を噴き出しかけた。
危ない危ない、間一髪のところでなんとかこらえられたけど、本当に噴き出してたら綾ちゃんに全部かかってドン引きされるとこだったよ。
「…ん?」
「なに、どうしたの?」
誰からだろう、とディスプレイを見てみるも、そこに表示されていたのは見慣れない数字の羅列。
振動に気がついてからもうずいぶんと経っているのに、一向に切れる様子のない着信はさらにわたしを焦らせる。
「ごめんっ、電話出てくるね」
「はいはい、いってらっしゃーい」
騒がしい教室を出て、いくらか静けさを感じられる廊下の壁に寄りかかる。
知らない番号ということで少しだけ緊張する心のまま、ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「……もしもし?」
『もしもーし。こんにちは』
「すいません…あの、どちらさまですか?」
『あれ、もう俺の声忘れちゃった?さみしいなあ』
素敵で無敵な情報屋さんだよ。
電話口の向こうからそんな声が聞こえて、冷や汗が流れた気がした。
「…え、何で番号、」
『情報屋にかかれば番号くらいなんてことないよ』
「…そう、ですか」
別に疑っていたわけじゃない。
あの異様な雰囲気とわたしの名前を知っていた事実を考えれば、むしろそれは疑いようのないことだと言える。
だけど情報屋なんて映画や漫画の世界の人間だと思っていたから、そういう存在と出会った自分にいまいち実感がわかない。
「…で、何ですか?」
『相変わらず冷たいねぇ』
「いや、そういうわけじゃ…」
『まあいいや。そういえば美尋ちゃん、シズちゃんの俺のこと言ってないみたいだね。どうして?シズちゃんに心配かけたくないから?』
そう言われた瞬間、心臓がどくんと跳ねた気がした。
そんなことがあるわけがないのに、数日前の台所での葛藤を読まれていたような気がして、少し気味が悪くなる。
「…言いましたよ」
『嘘はつかなくていいよ。昨日シズちゃんと会ったけど、居酒屋でのことを何も言われなかった時点で言ってないことはわかってるから』
「………」
『で、どうして言わないのかな?』
そんなのわたしが知りたい。
折原さんの言うように、静雄さんに心配をかけたくないからというのもある。
けど、それを言うことで怒られたらどうしようという不安があるのも事実で、結局浮かんでくるいくつもの理由は、突き詰めればすべて保身のためだ。
『まあいいや、今はまだ聞かないでいてあげる。さて、本題だけどね』
「え、今のが本題じゃなかったんですか?」
『うん、違うよ』
…何だろう、何かこの人むかつくな。
そんなわたしの思いを見透かしているかのように、折原さんは楽しそうに笑う。
『そろそろ聞いた頃かと思ってね』
「…何のことですか?」
『来良学園の学園祭のことだよ』
「……え、」
どうして、まさか盗聴器でも忍ばせられてた?
そんな不安を感じて制服をぽんぽんと叩いてみると、電話の向こうからはまたしても楽しげな笑い声が聞こえてくる。
『君の友達にチケットあげたのね、俺だよ』
「何で、そんなこと」
『俺の行動に常に裏があると思ってるの?まったく心外だよ』
「…っ、だってそうじゃないですか!」
思っていたよりも大きい声が出て、自分でも驚いた。
わたしの声に集まる周りの視線が恥ずかしくてうつむけば、折原さんが怪しく笑った気がする。
「…お願いですから、やめてください」
『…何を?』
「わたしの友達は静雄さんとのことに無関係なんですから、関わらないでください」
震えそうになるのを必死にこらえて、何とか声を搾り出す。
そんなわたしをまた笑われるんだろうな、と思ったけど、折原さんは笑うことなく静かに話し出した。
『じゃあ1つ条件を飲んでもらおうかな』
「…何ですか?」
『美尋ちゃんのその態度。いつまでも警戒されてるのって、面白いけど張り合いがないんだよねえ』
つまりは、もっとフランクに接しろということだろうか。
それを許さない言動をとっていたのは折原さんだっていうのに、まったく自分勝手な人だ。
「…なら折原さんも、わたしがそんな態度をとりたくなるような言動は控えてください」
『俺にそういうこと言ってくるなんて美尋ちゃんが初めてだよ』
「そうですか。でもわたしのこの態度は折原さんの物言いとかが原因なんですからね」
『なるほどね、気をつけるよ』
絶対気をつけないな、と強く心の中で思っているわたしは、どうやら数日前より折原さんのことが怖くなくなってきたらしい。
慣れってこわいなあ。
『そろそろ昼休みも終わるんじゃない?』
「あ、はい。そうですね」
『また連絡するよ。それじゃあ、学園祭楽しんできてね。あと、』
臨也って呼んでね。
その言葉を最後に、一方的に電話が切られる。
いざや、さんの言った“また”がしばらくの間ないことを願いながら、綾ちゃんが待つ教室のドアを開けた。