「美尋も飲む?」
「うん、もらうー」
喉乾いたからちょっと飲みもん買っていい?
そう言ったちーくんのあとを追うように入った路地裏、自販機の横の壁に寄りかかり、ちーくんから受け取ったカルピスを口に含む。
…ふふ。何だか懐かしいなあ。
「…どうした?何急に笑ってんの?」
「あ、いやね、こうやってカルピスを飲むの久しぶりだなーって思って。ほら小さい頃、お互いの家に行くとよくカルピス飲んでたでしょ?」
「あー……そういやそうだったかも」
「お中元でたくさんもらったからってちーくんのお母さんがくれたやつ、私の家でも出してたからね」
「もう飽きたっつったらぶどうカルピスとかになってな」
「そうそう!実験だーって原液と水の量めちゃくちゃにしてみたり、いろんな調味料入れたりしてたよね」
本当、懐かしいなあ。
あの頃飲んでたカルピスは今みたいに自販機で買ったものじゃなくて、飲む場所だってこんな都会の路地裏なんかじゃなかった。
けど隣にはやっぱりちーくんがいて、こんな風に、カルピスひとつで思い出を語れて。
「馬鹿なことしてたけど楽しかったね、あの頃」
「何だよ、今が楽しくないみてぇじゃん」
「そういうわけじゃないけどさ」
少しだけ不満そうな顔をしたちーくんに、私はつい苦笑する。
でも仕方がないじゃないか。
あの時私が逃げてしまったから長過ぎる空白が生まれたわけで、それがなければきっと私たちはもっとたくさんの思い出を作って、楽しい時間を過ごしていたはずで。
失ってしまった時間をこれから取り戻していこうと確かに思ったはずなのに、それでもやっぱり、私は時々こうやって考えてしまう。
「お前、気にし過ぎ」
「ぃたッ」
もしかしたら暗い表情でも浮かべていたのだろうか、突然訪れた額への痛みに驚き声を上げれば、どうやらデコピンをされたようだった。
けれど額を抑え眉をひそめつつちーくんを見てみれば、彼はなぜか呆れたように笑っていて。
「どうせつまんねーこと考えてるんだろ?もう俺は気にしてないからいいって」
「……でも」
「俺はさ、お前のこと探してる間中、もう一生会えないかもしんないってずっと思ってたんだよ。お前の身に何か起きてたとしても、それを知らなければ俺はただ探し続けるしかないわけじゃん?」
「…………」
「だからこそ俺は、今こうやってお前と一緒に遊べてるだけで万々歳なわけ。ま、元気だったってのが一番だけどな」
「…うん」
「だからもうそんなしけた顔すんなよ。かわいい顔が台無しだぜ」
女の子ってのは笑ってりゃいいんだよ。
そう言ったちーくんは、私の頭を優しく撫でながらニッと笑う。
…まったく、ちーくんったら。
「…なるほど。そういうことを言ってるから女の子がいっぱい寄ってくるわけですね」
「ちがッ…俺は、「嘘だよ、わかってる」
「は、?」
「ありがとう、ちーくん」
大丈夫、ちーくんの思いはちゃんと伝わってるよ。
そう思いながら笑って言えば、ちーくんは頭の上に乗せたままだった手をわしゃわしゃと動かす。
「そうそう、そうやって笑ってりゃいいんだよ」
「ちょっ…髪ぐしゃぐしゃになるッ」
「うっわ、超ぐしゃぐしゃ」
「もう…誰のせいだと思って「だけどよ、一応は立って普通に歩いてるらしいじゃねえか」
るの。
そう言いかけた私は、向こう角から聞こえてきた声に口をつぐんだ。
「いくら怪我してるからって、五体満足のアイツに喧嘩売る気はねえぞ」
「びびってるわけじゃねえが、確実にアイツを殺れなきゃよ……」
ついさっきまで誰もいなかったであろう向こう角からの声に、私とちーくんは顔を見合わせる。
…おうおう、今日も池袋は物騒ですね。会話の内容だって、まるで静雄さんについて話してるみたいに聞こえるし。
「だったら、もうひとつ、いい話があるぜ」
「あいつ、女ができたらしいんだ」
「マジか!?」
「何でも、街の中を女連れで歩き回ってたらしいぜ」
…ん?
あれ、私“まるで”とかって思ってたけど、もしかしてこれ本当に静雄さんについての話なんじゃ。
でもその人名は出てこないし、第一静雄さんは今怪我とかしてないし……うううん、やっぱり私の考え過ぎなのかな。
「…い、おい、美尋?」
「っえ、あ、うん?なに?」
「そろそろ行こうぜ、ジュースも飲み終わっただろ」
「あ、ああ…うん、そうだね」
空になったペットボトルをゴミ箱に捨て、歩き出したちーくんの後を追う。
そうして私が眺めるのは、あの頃と比べて驚くほど大きくなった彼の背中だった。