「――へえ、“ろっちー”ってちーくんのことだったんだ」
「まあな。彼女たちにはそう呼ばれてる」
「……っていうか、“彼女たち”って。ちーくん最低」
「美尋ならそう言うだろうなって思ってた」
…思ってたって、そんな笑顔で言うことかなあ。
なぜか嬉しそうな笑みを浮かべたちーくんに呆れのため息を吐くけれど、彼は依然として笑顔を崩さない。
バイトが終わりちーくんと合流して、「とりあえずお昼食べよっか」という私の提案のもと入ったカフェ。
カランとなった氷の音を聞きながら眺めた窓の外には、やはりGWだということを実感させられるたくさんの人々が行き交っている。
「つーかさ、美尋の方こそどうなんだよ?」
「…ん?何が?」
「平和島静雄とのこと。俺はあいつのことそこまで知らねえけど、大半の奴からしたら“やばい奴”だろ?実際喧嘩もすげえ強い…っつーか、もはや規格外だし。そんな奴と昔から知ってるお前が付き合ってるって、割と不思議なんだよ」
「あー、まあそうだよね」
どういう経緯で知り合って今に至ったか、気になるんだろうなあ。
けどちーくん、…自分で言うのは自意識過剰みたいで恥ずかしいけど、昨日私のこと好きって言ってきたばっかじゃん。
そう思いながらストローをくわえれば、
「ってことで、聞かせろよ馴れ初め」
「…やっぱりそうくるか」
当たり前のような顔で、そして少し楽しげに彼が言った。
…まあ彼女もたくさんいらっしゃるようだし、別にそこまで気にする必要はないんだろうな――…と思いながら、ゆっくりと口を開く。
「…2年弱くらい前に、絡まれてたところを助けてもらったのが知り合ったきっかけ。その時私ちょっと怪我して……あ、ちーくんも行ったんだよね、新羅さんのところ」
「シンラさん?」
「ほら、ちーくんが静雄さんにぼっこぼこにされた後。マンションで白衣着た眼鏡の男の人に治療してもらったんでしょ?」
「あー、あの人か。…つかぼこぼこにされたとか言うなよ」
「事実でしょー。静雄さんに喧嘩なんか売ったりするからだよ」
包帯の下にわずかな不満を浮かべながらも、「門田もだけど、強かったなーあいつ」と明後日の方向を見ながら言うちーくん。
…なんていうか、門田さんの時にも思ったことだけど、自分の昔からの幼馴染と今現在の知り合いが面識あるって、すごい不思議な感じだなあ。
「えーっと…それで、私もその新羅さんに治療してもらったんだけど。怪我のことだけじゃなくて、私が親を亡くしてるっていうのもあって、色々気にかけてくれたんだよね。静雄さんとか新羅さんとか…あ、門田さんたちもね」
「へえ、そんな前からの知り合いなのか」
「うん、一番親しくしてたのは静雄さんだけど……新羅さんは私のことを自分の子供って言ったり、門田さんも兄貴っぷりをいかんなく発揮してくれてたよー」
改めて、皆さんにはお世話になりっぱなしだなあ。
そう思いながらも、手を伸ばせばすぐに与えられてきたたくさんの優しさに、自然と笑みがこぼれてしまう。
「まあそんな感じだったんだけど…ちょっと私がストーカーに遭ったことがあってね」
「…は?ストーカー?」
「え、どうしたのちーく ん、」
急に無表情…いや怖い顔になったちーくんに違和感を抱いて言ったけれど、言葉は尻つぼみになってしまった。
……そうだ。この顔は、私が男の子にからかわれたり、意地悪なことをされたりした時に見せていた…
「…そのストーカー野郎は今どうしてんだ」
「…いやいやいやいやいや、落ち着いてちーくん、ね、落ち着いて!それはもうちゃんと解決してるからっ、静雄さんが何とかしてくれたからッ!」
「…嘘?」
「ほんと!」
いくらなんでもこんなタイミングで嘘吐かないよ!
そう言いたい衝動を抑えてテーブルの上で握られていた彼の拳に触れれば、ちーくんは大きな息を吐く。
「…ったく。もう何ともないならいいけど、大丈夫だったのか?」
「うん、まあ…色々あったけどね、それきっかけに静雄さんが家に置いてくれることになったし、結果オーライって感じ」
「………待て待て待て待て、お前いつからそんな軽い女になっちゃったんだよ!?『ちーくんだいすき!』つって男は俺としか遊ばなかったあの頃の純粋な美尋はどこ行った!むしろ返せ!」
「ちょッ…そういう誤解生むような発言やめてよ!」
突然とんでもないことを言い出したちーくんにつられて、つい声が大きくなってしまう。
そして辺りを見渡せば、何事かと、店内の何人かはこちらを眺めていて。
「…とりあえず落ち着こ。ちゃんと話すから」
「……だな」
切り替えの意味を込めて飲み物をすすり、咳払いをひとつする。
…きっとわたしの言い方が悪かったんだろうし――…最初に保険のようなものを用意してから、話すことにしよう。
「…一緒に住むっていうのはね、静雄さんが、前から私の警戒心の無さを心配してたからっていうのもあるの」
「…お前、昔っから危なっかしかったもんな」
「……まあ、またすぐに住める状態じゃなかったしね…」
壊(さ)れたドアや血まみれになった床などを思い出し、独り言をぽつりとこぼす。
…あ、ごめんちーくん、何でもない。
「とにかく、すごく心配してくれてたの。それに、私もこの人なら大丈夫だって静雄さんのことは信頼してたしね」
「それで付き合うことになったわけか」
「ううん、付き合ったのはそれから1年ちょっと後くらい。っていうか、つい2か月くらい前」
「うわ最近ッ」
「そうなの、最近なんです」
え、一緒に暮らし始めて1年以上経ってたのにそれまで付き合ってなかったわけ?なのに一緒に暮らしてたのかよ?
…とでも言いたげな彼に言い切れば、「これはまた…」なんてよくわからない反応を返された。
「それで、今に至るっ」
「なるほどな。で、付き合うきっかけは?」
「あー…それは、アレだね。うん、色々あって。ノーコメントにします」
ちょっと恥ずかしいし、静雄さんのことを色々話すわけにもいかないしなあ。
そう思って言えば、少し不満げな顔はしたけれど、私の頑固さを思い出してくれたらしい。
「じゃ、お前はあいつのどこが好きなんだよ?」
「えっ、そういうのって聞くことですか」
「むしろ定番だろ」
まじか、まじか…っ!
そう思いながらも私のことを見つめ続けるちーくんの視線に、決して逃げることはできないのだと、覚悟を決めた。
「…格好いいとこと優しいとこと、照れ屋なとこと、私のことをすごく心配して大切にしてくれるとこと、いつも守ってくれるとこと…少し不器用…あ、性格がね?少し不器用なとこと、友達はすごく大切にするとこ…あ、特に新羅さんにはそこに過剰な照れ屋さんが加わるんだけど。あとはおっきい手と、高い身長と、家事とか手伝ってくれたりするとこと、たくさん頭撫でてくれるとこと、喧嘩が強いとこも格好いいなって思うし、…あ、でも怪我されるのは嫌だけど…自分が大変な時も私を一番に心配してくれるとこと――…」
「ちょっと待て」
「何?」
「ちょっと待て美尋、言い方変えただけで同じだろそれとか思うの何個かあったけどそれは突っ込まねえから、もう少し絞れねえ?」
絞れねえ?
なんて、言われても。
「ちーくんが聞いてきたのに」
「うん、そうだな、ごめんな。俺がもうちょっと考えて聞けばよかったな」
外見では、とか、性格では、とか。
特に好きなとこ5個、とか。
そう言いながら、少し呆れたようにちーくんが笑う。
「好きなところなんて数えきれないよ?」
「うんわかった、とりあえずな、まず外見から聞くわ」
「外見…は、寝起きでもお風呂上がりでもいつでも格好いいとこと、おっきい手と、高い身長と、笑った時の顔と…あ、照れた顔も真剣な顔も好きなんだけどね、あとはえーと…この辺、肘から手首までの筋肉とかすごい好き、あと長い指も好き。まあ全部好きなんだけど」
「…性格は?」
「うんと…優しいとこと私をいつも守ってくれて大切にしてくれるとこと、照れ屋さんなんだけど友達をすごく大切にしてるとこと…家事手伝ってくれたり高いとこのもの取ってくれたり重いものは持ってくれたり、いつも気遣ってくれるとこ。あとはいつもご飯おいしいって言ってくれるとこと、たくさん頭撫でて褒めてくれるとこと…本人に言ったら複雑な顔するだろうけど、やっぱ喧嘩が強いのは頼もしいって意味で格好良いと思う。あとは、格好いいのにちょっと甘えんぼなとこかなっ。っていうか全部好き!」
「……うん、わかった、ごめん」
「え?」
何で謝るの。
別にちーくん悪いことしてないのに、と思いながら彼の言葉を待てば、「ごめん、何か」と再び謝られてしまった。謎である。
「…あ、でもあれだろ。流石に嫌いなとこのひとつやふたつあるだろ!」
「嫌いなとこ…かあ」
何かあるかな、と日々の生活を思い返す。
うーん、嫌いなところ、嫌いなところ………
「…っあ、嫌いじゃないけど直してほしいとこはあるよ」
「おっ、言ってみ」
「俺なら怪我しないから、とかそういうアレでたくさん無茶をしちゃうとこと…洗濯物脱いだら脱ぎっぱなしにする時がたまにあるとこと、疲れてる時はお風呂で寝ちゃうとこ」
「…後半すげえ平凡だな」
「そりゃそうだよー。喧嘩が強いって噂ばっかが先行しちゃって有名になってるけど、私も本人も不本意に思ってるし、静雄さんだって少し短気なだけで優しい普通の人だもん」
…あ、あとたまーに意地悪するとこも直して欲し、……いや、あれはあれで結構きゅんとする時とかあるから、直さなくてもいいや。
なんて、頬に手を当てながら思考を巡らせた結果。
「でもまあ、あれだねー」
「ん?」
「優しいとこと、私を大切にしてくれるとこと、一緒にいたらすごく幸せになれるっていうのが、一番好きなとこかもしれない」
たくさん挙げたけど、最小限に絞れって言ったらそれになるんだろうなあ。
そしてその“大好き”を前に、直して欲しいとこなんて霞んで見えなくなってしまうわけで。
「一番っつって、3つもあんじゃん」
だらしなく頬をゆるませながら言った私に、呆れながらもなぜか嬉しそうな顔のちーくんが、小さな声でつぶやいた。