「わたし、つらかったの」

「…うん」

「お父さんとお母さんが死んで、でも、ちーくんたちが支えてくれて」

「うん」

「けど、あの子がちーくんのこと好きだったって知って、…生まれてこなければよかったのにって、言われて」


それを、ちーくんのせいにしてた。
涙が出そうになるけれど目を逸らすことなんてできずに言えば、彼は少し苦しそうに「うん」と言った。


「ちーくんが、わたしを構うからだって。それがなきゃ、わたしはあの時点でもうだめになってたんだって今となっては思うけど、それでも、あの時はそう思ってた。ちーくんの、せいにしてた」


もしちーくんがわたしを構わなければ、あの子はわたしに、あんなことを言わなかったんじゃないか。
そんな考えがおかしいって、今でこそわかるけれど。


「なのに、死のうとしたわたしのことをかばって、ちーくんは怪我して。何もかもなくなっちゃったのに、死ぬことも許してくれないのって、思った。だからちーくんに、ひどいことばっかり言って」

「…うん」

「わたし、最低なのに。そんなわけないのに、痛いに決まってるのに、大丈夫って、生きてて欲しいって言って」


それすらも、つらくて苦しかった。
ちーくんの優しさがわたしには痛すぎて、重荷だった。


「でも、ね」


逃げ出したあの日から、色々なことがあった。
当然つらい日々は過ごしたし、寂しくて苦しくて涙が止まらない日々もあった。
けれど、


「わたし、いますごくしあわせだよ」


あの日あの時、ちーくんに浴びせた言葉が正しいとは思わない。
わたしのことをずっと支え続けてくれた彼の優しさを踏みにじって、そんなのいらないと言わんばかりの選択をしたわたしは、きっと許されないことをしたんだと思うけれど。


「あの時ちーくんが助けてくれて、死のうとするなって 言ってくれた、おかげで、ッ」


そこまで言った瞬間、腕がグッと引き寄せられて、ちーくんに包まれた。
むせ返るような懐かしい匂い、その中にわずかに香る血の匂いに、わたしはあの日を思い出して、少しだけ泣きそうになる。


「…ごめん」

「え、」

「いきなりこんなことして、ごめんな」

「あ、…う、ん」


大丈夫だよ。
そう言ったと同時に、いつの間に戻って来たのか、視界の隅に静雄さんの姿が見えた気がした。


「俺、退院してすぐお前の家行ったんだ」

「うん、」

「俺は全然気にしてなかったけど、あんなこと言っちまったって気にしてんだろうって思ってさ。クリスマスだったから、俺と美尋と、おじさんたちの分のケーキ買って、お前の家行ったんだよ」

「…うん、」


けど、美尋いなくて。
ひときわ強くなったちーくんの腕の力に、さっきよりも近くで聞こえるちーくんの声に、苦しくて苦しくて、胸が締め付けられた。


「どんだけ走り回って、仲間の連中と一緒に探しても見つからなくて、手紙見て」

「………」

「俺が思ってた以上に美尋はつらかったんだって、俺、そん時初めて気付いたんだよ」


ごめんな。
泣きそうな声で言うちーくんは、わたしの肩に顔を埋めて言った。
ちーくんが謝ることなんてなにひとつないのに、ちーくんは、何も悪くないのに。


「…ごめん、美尋」


つらそうなその声に唇を噛みしめれば、涙が流れてきそうだった。


「俺、美尋のこと好きだったんだ」

「…え、」

「ついでに言うと、今も好き。すげえ好き」


そう言ったと同時に肩の重みが消え、さっきよりも近い距離に、ちーくんの顔が見えた。
どうしてかわからない、けれど。久しぶりに会ったちーくんがあまりにも男の子で、わたしが知らない誰かになってしまったようで、すこし、緊張する。


「…でも、わたし、」

「知ってる。平和島静雄と付き合ってんだろ?」

「え、何でそれ、」

「見てりゃわかったよ」


ああそうか、さっき抱きついたりしちゃったから。
つい1時間くらい前の出来事を思い返せば、ちーくんは悲しそうに笑って。


「好きな女のことなんだから、目ぇ見りゃそんくらいわかる」


すげえ好きなのも、ちゃんと大切にされてんのもな。
そう言われた瞬間、わたしの中に、名前なんてわからない感情が広がった。
ちーくんはきっとわたしのことを、ずっと好きでいてくれて。だからわたしが静雄さんに向ける視線から、そのことを感じ取って。


「…っ、」

「ちょっ、泣くなよ!…あ、なに、平和島静雄捨てて俺んとこ来る?美尋だったら大歓げ、」

「ばかなこと言うなばかっ!」


大きなガーゼが貼られた頬を引っ張って言えば、「いって!」とちーくんが顔をしかめる。
でもその表情は、何だか少し嬉しそうで。


「…ちーくん、」

「ってー…ん?どうした?」

「探してくれて、ありがとう」


右手はわたしの腰に回したまま、左手で頬を抑えるちーくんに言えば、彼は一瞬驚いたように目を丸くした。
けれどすぐに意味がわかったのだろう、少し恥ずかしそうではありながらも、「ん」と短く言って笑う。


「あの時死ななくて良かった。ちーくんが助けてくれて、本当に良かったって思ってる」


あの日のわたしだったら絶対に思えなかったことを言えば、徐々に胸のつかえがとれていくのを感じた。
わたしがずっと、言いたかったこと。けれど怖くて言えなかったことが、少しずつ、ちーくんに届いていく。


「大切な人がたくさんできて、静雄さんっていう、大好きな人ができて、…こうやって、ちーくんとまた、ちゃんと話せて」


絶望に満ちていたあの頃からは考えられないくらいに輝いている、わたしの毎日。
それを日常だと思えるようになったのも、何もかも。


「全部、ちーくんが助けてくれなかったら、得られなかったものだから。死んだらできなかったことだから」


そのチャンスをくれた君に。
痛い思いもつらい思いもして、それでもわたしを探し続けて、好きだと言ってくれた君に。


「生きてて良かった」


ありがとう、ちーくん。
そう言って笑えば、また力強く抱きしめられた。


 



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