「つか美尋、怪我してねえ?大丈夫?」
「うん、大丈夫、ありがと」
ちーくんの言葉に表情を変えずに答えれば、彼は少し悲しそうに「そっか」と笑った。
あの後起きたことといえば、何というか、本当にすごかった。すさまじかった。
女の子を人質にとった男を特定できたのは良かったけど、逆上したその人が静雄さんを襲いそうになって…当然、速攻で打ちのめしてビューンと投げてしまったわけだけど。
でもそれだけで終わるはずもなく、直後、杏里ちゃんとやり合っていたライダースーツの人が、静雄さんの胸にナイフを突き立てた。
まあそれも完全に刺さることなく、最初は事態を理解していたなかった静雄さんも、胸から落ちたナイフと自分のされた行為を認識した瞬間、ライダースーツの人を追いかけてどこかに行ってしまった。
そんなこんなでまた離れ離れになってはしまったけど――…とりあえず無事だということはわかったし、よかった。静雄さんのことだから大丈夫だって信じよう、そうしよう。
ひとりそう考えながら、コンビニで買い占めた救急用具から包帯を取り出し、ちーくんの腕にぐるぐると巻きつける。
「………」
「………」
とりあえず手当しないと。
そう言って応急処置を始めたこのグラウンド脇は、さっきまでの喧噪が嘘のように静まり返っている。
けれど、ここにはわたしとちーくんの、2人しかいないわけじゃない。
狩沢さんだってゆまっちさんだって門田さんだって、杏里ちゃんだって、人質だった女の子だって、軽く声をかければ反応してくれる程度の距離にはいる。
けれど何も話さないのは、わたしとちーくんの間に漂っている、そこはかとない気まずさのせいだろう。
「………」
言わなきゃいけないことはたくさんあると、自分でも嫌になるくらいにわかっていた。
駐車場からこのグラウンドまで走ってる間だってずっとそのことばかり考えていて、会ったらまず謝ろうとか、何を言われようと受け止めようとか。そういう、シミュレーションはばっちりだったはずだった。
けれど、いざ本人を目の前にした瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。
思い浮かべてたこととか言おうとしてたこととか、みんなみんなどこかに行ってしまった。
その理由のひとつにはもちろん慌ただしさだってあったけれど、いざこうやって話せる状況を与えられた今も、わたしはただ傷の手当をするばかりで、大切なことを先延ばしにしている。
「…やっと、」
「え、」
「やっと、会えた」
きっとこれは、恐怖によるものなんだろう。
自分の中でそう結論付けたと同時に、ちーくんが小さな声でそう呟いた。
「ずっと探してたんだ」
「………」
「そりゃ最初の1年とかはへこみにへこんで何も出来なかったけどよ。でも、ずっと探してた。お前のこと」
「…う、ん」
ちーくんのつむぐ言葉のひとつひとつが、わたしの心をえぐってく。
けれど本人に悪意はないのだろうし、たとえ悪意があったとしても、わたしはその痛みを受け入れなきゃいけないんだと思う。から、
「ひさし、ぶりだね」
そんな、今更過ぎることを言ってみた。
「おう」
久しぶり。
そう返したちーくんの顔をちらりと見れば、今日1日で初めて見る、3年ぶりに見る、懐かしい笑顔を浮かべていた。
そしてそれに伴って生まれてくるのは、確かな勇気と、逃げてはいけないという思いで。
「あの、ちーくん」
「ん?」
「 ごめん、な さい」
カラカラに乾いた喉からやっと絞り出したその声は、自分が思っていた以上に震えていた。
情けない。やっと会えたというのに、謝れるチャンスが訪れたというのに、目を見て言うこともできない自分の弱さに、わたしは唇をかみしめた。
「痛い思いさせて。かばってくれたのに、ひどいこと たくさん言って、ごめんなさい」
まるで昨日のことのように鮮明な記憶は、謝るわたしを子供にさせた。
本当はもっとちゃんと、きちんと、あの時はああで、こうで、あんなことを言ってしまったって伝えた方がいいのだろう。
けれどぐちゃぐちゃになった頭にそんな余裕なんてなくて、ただただ子供のように、謝ることしかできない。
「でも、一番は」
そう言ってちーくんの目を見れば、わずかに心臓が締め付けられたような感覚に陥った。
でもこれだけは、絶対に。
「死のうとして、ごめんなさい」
絶対に逃げてはいけないと、どこかでわかっていた。
包帯を巻き終わったのにうつむいたままで言うことも、彼の目を見ずに言うことも、わたしにとってはすべてが逃げだった。
だからちゃんと、視線を外すことなく彼の目を見て言えば、
「うん」
ちーくんは、短く言って微笑んだ。