「ゆまっちさん本当すごかったです、びっくりしましたッ」
「いやあ、そんなに褒められると照れるっす」
「もう本当、本当ッ、めちゃくちゃ格好良かったです!」
狩沢さんに連れられるまま、いったん門田さんに声をかけたわたしたちは、ゆまっちさんの活躍もあり人質とされていた子たちを見事救出することができた。
そうしてわたしたちは、裏口から彼女たちを逃がすことができたのだけど…
「あれ、杏里ちゃんじゃないっすか」
「あ、本当です ね…?」
ゆまっちさんの声にグラウンドを見たわたしは、なぜ彼女がここにいるのかという疑問よりも先に、
「…何で、目が、」
彼女の目の紅さに、身動きが取れなくなった。
どうして、何で。忘れかけていた、自分を襲った斬り裂き魔のことと、チャットでの“罪歌さん”が訪れた“鍋パーティ”のことを思い出し、嫌な汗が背中を流れる。
「あれー、あの子、莉緒の友達の子だ。剣道部か何かだったのかなあ?」
「あれ、何で逃げてないんすか」
「だって、ろっちーがここにいるんだもん」
わたしの心境に似つかわしくないかわいい声が聞こえて、声がした方を見てみれば、そこにはさっき逃がしたはずの人質だった女の子が1人。
ろっちーっていうのは…誰かわからないけど、絶賛乱闘中のちーくんの仲間の誰かだろうか。
いや、今はそれよりも杏里ちゃんだ。
なぜか日本刀のようなものを手にしている杏里ちゃんは、わたしたちが裏口の方に行っている間にやってきた、セルティのようなライダースーツを身にまとった人とともに、ダラーズの喧噪の中央にいた。
えっと…どうしよう、わたしは、どうしたらいいんだろう。
やっと事態が落ち着いたと思ったのに、また新たに訪れた急すぎる出来事に、わたしの頭が混乱する。
そして、そんなわたしの意識を一気に引き戻したのは。
「わあ、何かすごいの来た」
人質だった女の子の、そんな小さな呟き。
そして、
「静雄、さん?」
こちらに向かって歩いてくる、バーテン服を身にまとった人の姿だった。
「…あ、静雄さんじゃないすか」
「あ、本当だ。わー、やっぱすごいねえシズちゃんは。あれ担いでんのバイクでしょ?」
「バイクっすねえ」
そんなゆまっちさんと狩沢さんの会話を聞きながら、わたしは一目散に駆けだした。
居ても立っても居られない。まさにそうとしか言い様のなかったわたしの背後からは、「美尋っち!」とわたしを呼ぶ狩沢さんの声がする。
「静雄さんッ!」
未だ乱闘は続いているというのに、杏里ちゃんとライダースーツの人の交戦を止めるちーくん。
それを眺めながら静雄さんがいるグラウンドの中央へ向かえば、わたしの姿をとらえた彼は驚いたように目を丸くしていたけれど、それ以上に、その表情には安堵が宿っているように見えた。
「静雄さんっ、」
「何でお前がここに…いや、まあ何でもいいか。怪我とかしてねえか?」
「してないですッ」
何だか泣きそうになるのをこらえながら言えば、「そりゃ何よりだ」と静雄さんが笑う。
わたしだって、どうしてここに静雄さんがいるのかなんてわからない。
けど本当に、静雄さんが言う通り、理由なんて何でもいい。
とにかく今、ここに静雄さんがいるという事実だけで、わたしはこれ以上ないくらいに幸せだ。
「あれ、アンタ」
「静雄じゃねえか」
ちーくんと門田さんがそれぞれ呟く。
ああ、ああ。もう、できることなら今すぐ抱きついてしまいたい。けれどバイクを持っている以上危ないからとできずにいるわたしの頭を撫でる静雄さんは、2人の言葉に周囲を見渡した。
「……女が人質にとられてるって聞いたけどよ。どうなったんだ?」
「ああ、遊馬崎たちのおかげでな、人質は助かった」
「…女の子1人だけは まだいますけど。ゆまっちさんたちと一緒なので、大丈夫だと思います」
「そうか、そりゃよかった」
安心したように薄く笑いながら言った静雄さんに、じわじわと、わたしの中に安堵が広がった。
頭の上に乗っていた手が下ろされた今だって、まるで手が乗せられているかのようにあたたかくて、静雄さんがここにいるという実感が、一秒ごとに増していく。
「あ、ところで、このバイクって誰のだ?」
淡々と尋ねる静雄さん。
その直後「わたしの」という声がしたかと思い振り返れば、杏里ちゃんと交戦していたライダースーツの人が、おずおずと手を挙げていた。
「ん……?ああ、そうか。悪いな。人質とったクズ連中のかと思ってよ……そいつらに投げつけようと思って持ってきたんだが、違うなら壊しちゃまずいな」
恐ろしいことをさらりと言ってのけた静雄さんは、軽々とバイクを地面に下ろす。
そうして彼の体が自由になった途端、わたしの体は勝手に動き、静雄さんに抱きついていた。
「っと……ところで、誰だあんた。セルティみたいな格好してるけど知り合いか?……ていうか、何やってんだ、そりゃ」
抱きついたわたしの頭に再び手を乗せ、静雄さんは不思議そうな声で首を傾げた。
その声に押されるように振り返れば、刃物を持った2人に挟まれる、ちーくんの姿。
「なるほど、修羅場ってやつか」
「いや、違えし」
え、ちょっと、何この不思議な感じ。
つい数十分ほど前、ちーくんと門田さんが話していた時同様の不思議な気持ちを抱きながら、わたしは静雄さんの体を抱きしめる手に力を込めた。