「居酒屋のご利用いかがですかー」
新羅さんにお許しを頂いて数日。
早速客引きをはじめてみるも、平日ということもあってか、そこまで人は多くない。
「ねえ」
「…はい?」
「君のところのお店って、1人でも大丈夫?」
いつの間に横に立ったのだろう。
このままお客さん入らなかったらどうしよう、なんて思ったときに突然声をかけてきたその人は、何だか不思議な雰囲気をかもし出していた。
「…あ、はい。カウンター席もありますし、今日は平日なので、もしご希望であれば個室でも大丈夫です」
「なら個室がいいかな。君が案内してくれるの?」
「はい、お店までご案内します」
「じゃあお願い」
うちのお店はチェーン店の居酒屋の中でも高級と言える部類で、決してがやがやしている方じゃない。
だから1人で飲みにくるお客さんも少なくはない…けど、ここまで若い人は珍しいな。
そんなことを考えながらのお店までの道のりは、なぜかいつもよりも怪しげな雰囲気に包まれている。
それもこれも、この不思議な雰囲気をかもしだしている男の人のせいなのだろうか。
「こちらです。お足元お気をつけください」
「ありがとう。席まで案内してもらえる?それと、店長呼んできてもらいたいんだけど」
「…あ、はい。わかりました」
お客さんを席まで案内する間、インカムのマイクに向かって小声で呟く。
けっしてお客さんに聞こえないよう、細心の注意を払いながら。
『店長、店長。これから13卓、13卓にご案内するお客様が店長のこと呼んでます』
『え?今日知り合いがくる予定ないよ?』
『わたしもわからないんですけど…とりあえず呼んでほしいそうです』
『わかった、じゃあすぐ行く』
『お願いします』
会話が終了したと同時に、お客さんを通す13卓に着く。
店内で流れる音楽と中央にある小さな滝の音だけを聞きながら見たその人は、あまりにも整った顔立ちをしていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、すいません。こちらおしぼりですのでご利用ください」
「ありがとう」
外にいる時は暗くてよく見えなかったけど、見れば見るほど整った顔をしている。
四字熟語を多用する新羅さん風に言うならば、眉目秀麗、といったところだろうか。
「ところで店長は?」
「先ほどお呼びしましたので、もう来るかと―…」
「おっ、折原さん!」
「やあ久しぶりだね」
もう来るかと思います。
そう続けようとしたわたしの言葉をさえぎったのは紛れもなく店長で、何だかとても焦っているように見えた。
ああ、連絡なしで来ただけで、やっぱり知り合いの人だったんだね。
「それじゃあ店長、わたし販促に―…」
「ああ待って。君はすぐそこで待っててくれる?」
「え?」
「いいから、とりあえず待ってて」
「はあ…」
お客さんに引き止められ、なぜか閉め切られた個室の扉のすぐ横で待つことになってしまった。
店長も何も言ってなかったからいいのかも…しれないけど、どうしてわたしが引き止められたんだ。まったく意味がわからない。
「大槻ちゃん」
「あ、店長」
「販促はもう終わりでいいよ、他の子にやらせるから」
「え、でもわたし、」
思ったよりも早く出てきた店長は、やけに嬉しそうな笑顔を浮かべてわたしの肩をポンと叩く。
そんな、この手首じゃまだ提供とかは出来ないってことは、店長も知ってるはずなのに。
「その代わり、こちらのお客様のお相手をしてくれるかな?」
「…お相 手?」
「うん。休憩とか退勤にはしないで、出勤中のままでいいから」
「ちょっ、それどういう…」
まったく意味がわからない。
ここはキャバクラでもなければメイド喫茶でもないんですよ?
確かに暇な時はお客さんとお話することはあるけど、それだって仕事に差し障りがない程度にするものだ。
なのにそんな、お相手なんて。
「とにかくよろしくね。あ、ご飯食べたりしてもいいから」
「えっ、ちょ、店長!」
「ねえ」
歩いていってしまう店長はまるでわたしの声が聞こえてないみたいで、どうしていいか困惑してしまう。
どうしよう、わたしどうしたら。
そんな思いを見透かしたように声をあげたお客さんは、怖くなるほどの笑みを浮かべてわたしを見ていた。