「つ、つかれた…」


あれからどれくらいの時間が経っただろう。
わたしと杏里ちゃん、帝人くん、そしてアカネちゃんの4人をバイク一台に乗せられるわけもなく――…セルティが手段として選んだのは、バイクを変形させることだった。
それは先月TVで見た光景とまったく同じだったけれど、唯一違うのは、変形させた形が、馬車であったことだった。

その馬車に乗ってわたしたちが連れてこられたのは、さっき男の人が言っていた、新羅さんとセルティが住むマンション。の、駐車場。
何だかめまぐるしすぎて本当に疲れた、なんて思いながら息を吐けば、「美尋さん」と杏里ちゃんが声をあげた。


「美尋さん、大丈夫ですか?」

「あ、うん、大丈夫。ありがとう」


下手な笑顔を浮かべながらそう返せば、杏里ちゃんも「大変でしたね」と苦笑した。
…本当、昨日今日と忙しすぎるだろう。
そう思いつつもアカネちゃんの様子を確認しないなんてことはできなくて、彼女の方に目を向けてみれば、何やらセルティと話をしているようだった。


「…平和島さん、大丈夫でしょうか」

「…はっ、そうだ静雄さん!」


ありがとう杏里ちゃん、本当にありがとっ。
そんなことを思いながら急いで携帯を取り出し、静雄さんの番号を呼び出す。
何かメールも何通か来てたけど、今はそんなのに構ってられないっ。


『もしもし?』

「っあ、静雄さんッ」


思いの外早く鳴りやんだ呼び出し音に驚きつつも、いつもと変わらない静雄さんの声に安堵する。
良かった、さっきのタイミングでかけたら、もしかしたら繋がっちゃってたかもしれなかったんだ。
そう思いながらも息を吐けば、電話の向こうから『どうした?』という声が聞こえる。


「あの、大丈夫ですかっ」

『大丈夫って…何がだ?』

「えーっと…私の方も色々ありまして、そこは割愛しますけど…何だか粟楠会の人が静雄さんのことを探してるみたいで」

『は?』


寝耳に水だったのだろう、わけがわからないといった様子の声をあげる静雄さん。
うん、そうだよね。静雄さんだもん、何かしちゃったってわけでもないだろうし、もし仮にしたとしても、逃げるような人じゃ――…


『お前のところにも行ったのかよ』

「…え?」

『大丈夫だったか?』


え、あの、ちょっと待ってください。
お前のところにもってことは、静雄さんのところにも行ってたってわけで。
私に『大丈夫だったか』と聞く声は確かに不安げではあるけれど、今こうやって普通に話せてるってことは、


「あの、逃げたんですか」

『あー…とりあえずな』

「まじですか…っ」


私信じてたんですけど、静雄さんはそんな人じゃないって。
けれど当の本人は、そんな風に落胆するわたしなんかおかまいなしのようで。


『何かよくわかんねえんだけどよ、濡れ衣着せられてんだ。多分ノミ蟲にハメられたんだろうけどな』

「ああ、なるほど…」


何だ、やっぱ静雄さんは何もしてないんだ。
だったら逃げるという手段をとったのも頷ける、否定したところで納得してくれる人たちじゃないんだろうしね。


『で、お前の方は大丈夫だったのか?』

「はい、ちょうどセルティが来てくれて、何とか」

『そっか。ま、詳しいことは帰ってから話すわ』


帰ってから。
その言葉にこれ以上ないくらいの安心が広がるのを感じながら、静雄さんの無事を願う私は口を開く。


「静雄さん、今どこですか?」

『サンシャインのスカイデッキ、今着いたとこだけどな』

「っあ、もしすぐに移動するなら、駅方面には行かないようにしてください。私さっき駅にいたんですけど、そこで粟楠会の人に会ったので」

『まじか、サンキュ』


少しでも静雄さんの役に立ちたくて言ったけれど、大丈夫かな。
安心と不安がせめぎ合って、つい眉間に皺が寄ってしまう。


『…美尋、』

「…あ、はい」

『ごめんな』

「え?」

『巻き込んじまってごめんな。お前は何もしてねえのに、俺のせいで』


申し訳なさそうに言う静雄さんに、私は少し、悲しくなった。
だってそんな、確かに私は、昨日の夜言ったのに。


「…静雄さんのばかッ」

『は?』

「昨日言ったじゃないですか。静雄さんと一緒なら、私は無敵なんですよ。こんなの何でもないんですよ」


静雄さんが抱いてる罪悪感とか、そういうのは痛いほどにわかってる。
いくら私が言ったところで静雄さんのその性格が変わらないだろうことも、よくわかってる。
そういう静雄さんの優しいところが好きなのだということも、自覚してる。

でも私は言わないわけにはいかなくて、抑えることなんて、できなくて。


「私は静雄さんのことが大好きだから、一緒にいられるなら何だっていいんです。それに、プラスに考えれば、こういうのって絆が深まる機会かもしれませんよ?」

『…お前って、マジで馬鹿だな』

「…相変わらずしつれ、『俺も、お前のこと好きだ』


すげえ好き。
きっと状況には似つかわしくないんだろうけど、そう言ってくれたことが、嬉しくて。
きっと静雄さんも笑ってくれてるんだと思うから、「失礼ですよ」なんて言葉をつむぐ気にもならなくて。


「…静雄さん、」

『ん?』

「逃げて逃げて、逃げまくってください」


それで夜は、疲れたって言い合いながら、おいしいご飯を食べましょう。
理由のわからない涙が出そうになるのをこらえながら言えば、電話の向こうで静雄さんが笑った気がした。


 



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