「あ、はい。そうですけど…」


どうしてここで静雄さんの名前が出てくるんだろう。
突然のことに内心首を傾げて男の人たちからの言葉を待っていれば、そのうちの1人が眉を顰めながら口を開いた。


「平和島静雄が今どこにいるか知ってるかい?」

「わかりません、けど…あの、何で静雄さんのことを、」

「ちょっと聞きたいことがあってね、居場所を探してるんだ」

「聞きたいこと?」


この人たちがどんな人なのか、アカネちゃんの何なのか、私にはわからない。
けれどこの雰囲気から見ても穏やかな人たちじゃないことは明らかだし…警戒しておいて損はないだろう、きっと。


「…静雄さんが、何かしたんですか」

「いやね、大したことじゃない…とは言えないんだが、ちょっと問題が起きてね。まあお嬢ちゃんが気にするようなことじゃないのは確かだ」


そう言われても、見るからに危ない人たちに、そうやすやすと大切な恋人のことを教えられるわけがない。
そもそも静雄さんからの連絡だって来てないわけだし、私が連絡したところで反応してくれるかだってわからないんだから。


「…何があったのかはわかりませんけど、静雄さんは、自分が何かしちゃった時に逃げ出すような卑怯な人じゃないですよ。誤解じゃないですか?」

「それを確かめるためにも、平和島静雄に話が聞きたいんだ。だからな、お嬢ちゃん」


平和島静雄に、連絡取っちゃくれないかな。
うっすらと笑って言った男だけど、その言葉の裏に、何だか物騒なものを感じた。
それはきっと、男の横で耳打ちし合う2人からわずかに聞こえてきた「とりあえずお嬢は俺たちが」とか「この女のことはこいつに任せて」とかいう会話のせいだと思うんだけど…きっと、こんな風に穏やかにやり取りができているのも、今のうちなのだろう。
この後私がいくら渋ったところで、手荒な真似はしたくないんだよ、だとか言って、緩やかに脅しをかけられるのは目に見えている。

だとしても、静雄さんの身に危険が及ぶ可能性が少しでもあるなら、それにつながることはしたくない。
だから、連絡はしたくない。だってもし静雄さんが出てくれたりしちゃったら、私はもうどうしようもないもん。

だったらいっそのこと、セルティがここに来て杏里ちゃんとアカネちゃんの身の安全が確保されるまで、私が時間を稼いで――…


「園原さん!美尋さんまでッ」


でもどうしたらいいんだろう、いっそ携帯を壊してしまおうか。けどあれは静雄さんが買ってくれたものだし…でも今はそんなこと言ってる場合じゃないのかもしれないし…
なんて脳をフル回転させて考えている時聞こえてきた声に、私の思考は中断される。


「み、帝人くん!セルティさんも!?」

「…っえ、セルティ!?」


杏里ちゃんの声に顔を上げれば、そこにはなぜか、帝人くんとセルティの姿があった。
その瞬間私たちの周囲からはわずかに声が上がり、突然訪れた都市伝説の姿に人々は視線を泳がしている。


「どうしてセルティが帝人くんと…」


めまぐるしく変化する状況についていかない頭が、ひとつひとつを理解しようと口を開かせる。
けれどそれに答えてくれる人なんて誰もいなくて、目の前のセルティはなぜか固まってるし、もうどうしていいのやら――…と思った時、


「お疲れ様です」


…は?
ついそんな言葉が漏れそうになって、急いでぎゅっと口をつぐんだ。


「セルティさんも、岸谷先生か四木の兄貴から連絡を?」

「いや、ちょうど良かった、彼女の護衛、よろしくお願いしますよ」


何だか聞いた覚えのあるような名前に、私は再び脳を動かし始める。
えーっと…多分これは、あれか。
恐らくこの人たちは、昨日の夜聞いた粟楠会という組織の人たちで…アカネちゃんは多分、その粟楠会の関係の子なんだろう。
アカネちゃんは家出してきたとか言ってたし、新羅さんは、粟楠会の四木さんの仕事とか言ってたし…多分セルティは、アカネちゃんを探す依頼を受けていたの…かな?


「待てこらあ!」


疲れ切った脳が導き出した推測と現状の答え合わせをしていると、どこかから聞こえてきた怒号に、私の肩がびくりと震えた。
え、なに、今度はなにッ。


「うるせえぞ、小僧ども。駅の中で騒いでんじゃねえ」


私の推測が正しければ粟楠会の人間であろう男の人が、眉を顰めて誰かに言う。
その視線を追えば、何だか見覚えのある革ジャン。…あれ、先月絡んできた暴走族じゃないのか。何でまたいるんだろう、勘弁してよ本当に…!


「大の男が子供の前で大声出してんじゃねえ。こっちは取り込み中だ。失せろ」

「んだあ?オッサンたちもダラーズか?ったく、小学生だのOLだのの次はチンピラ風におっさんかよ。本当にダラーズってのは節操がねえなあ、ああ?」


…え、もしかして、この人たちがダラーズを襲撃してるって人たち?
10分か20分か、もうどれくらい前に開いたかなんて思い出せないメールの内容を脳内で反芻すれば、私の肩がまたびくりと震える。

その間に、男たちと暴走族の間にどんなやり取りがあったのかはわからない。
けれど小声で何か言葉を交わしていたうちの1人がこちらに向かって歩いてきたかと思えば、


「セルティさん、お嬢を安全なところまでお願いします。まだ、岸谷先生のところに四木の兄貴もいるはずですから」


私の手からアカネちゃんの手をほどき、セルティに引き渡しながら言う。
…良かった、何だかまたもめごと…というか物騒なことが起こってはいるけど、とりあえず私の身も、


「このお嬢さんも用があるので、よろしくお願いしますよ」


……まじか、忘れられてなかったかあ。
私の落胆なんて知る由もないのだろう、男にそう言われたセルティは、『美尋ちゃん、何かしたの?』とでも言いたげな様子でこちらを眺めていた。


 



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