「はい、どうぞ」

「ありがと う、」

「はい、杏里ちゃんも良かったら食べて」

「あ…すいません、ありがとうございます」


いくらでしたか、と聞いてくる杏里ちゃんに「これくらいいいよ」と言えば、彼女は申し訳なさそうに「ありがとうございます」と笑った。

…相変わらず不安はぬぐえないけど、だからって私にどうすることもできない。
決して多いとは言えない、けれど自分にとって大切過ぎる知人たちの顔を思い浮かべて、安否を願うため息が出た。


「…まあ、門田さんたちだったら大丈夫だろうけど…」


それに、もし門田さんたちがこの独り言を聞いたら、『俺たちのことよりまず自分のことを心配しろ』なんて言うんだろうなあ。
そう思いながら自嘲気味に笑えば、アカネちゃんが「おいしい」と呟いた。


「おいしい?良かった。お洋服汚さないように気をつけてね」

「うん」


小さな口でソフトクリームを舐めるアカネちゃんの頭に手を乗せれば、くすぐったそうに彼女が笑う。
…静雄さんも、私の頭撫でる時ってこんな気持ちだったのかな。
そう思いながら手をどけたと同時に、杏里ちゃんが口を開く。


「青葉くん、っていう子がもうすぐきますから、それまで待っていてくださいね」

「……うん」


これから現れるという新たな人物に、不安を感じているのだろう。
静かに頷いたアカネちゃんは、ソフトクリームを持っていない私と繋がれたままの手に力を込めた。


「大丈夫、怖い人じゃないから安心し、「あれ、園原さん」


安心していいよ。
不安げなアカネちゃんに笑いかけ、そう続けようとした時、どこからか聞こえた杏里ちゃんを呼ぶ声。
無意識に振り返って声の主を探せば、彼女を見つめながら立つ、女の子がいた。


「どうしたの?」

「…あ、神近さん…」

「えっと、妹さんと…お姉さん?」


すくっと立ち上がったわたしとアカネちゃんを見ながら言ったその子は、杏里ちゃんのクラスメイトか何かだろうか。
そう思いながらアカネちゃんに視線を向ければ、落ち着いたように思えたその目に不安の色が宿っていた。


「あ、いえ、この子は知り合いのお子さんで…こちらの方は、よくお世話になってて仲良くしていただいてる方です」

「あ、そうなんだ」

「神近さんはどうしたんですか?」

「うん、私は中学の時の友達が昨日からこっちに来てて、街を案内してるの」

「そうなんですか」


どことなく感じる会話のぎこちなさに、2人の関係性が見えた気がする。
お世話になってるってところを否定しようかとも思ったけど…多分、知り合い以上友達未満、ってところなんだろうし、その必要はなさそうだな。


「そうそう、今日、街を歩くなら気を付けた方がいいよ?何だか今日、街のあちこちで不良が喧嘩してるみたいだから」

「喧嘩、ですか?」

「ダラーズが、どこかの暴走族ともめてるって…」

「………」


その言葉に黙り込んだ杏里ちゃんは、何を思っているのだろう。
再びざわめきだした不安感にそんなことはわからないけれど、アカネちゃんがいる今、その不安を表に出すわけにはいかない。


「そうなんですか。気を付けます」


まるで何も感じていないかのような表情の杏里ちゃん。
そして神近さんという少女の間に、沈黙が訪れようとしていたその時。


「ねーねー、莉緒ー、お腹すいたー。その子も友達なら、一緒にご飯食べに行く?」

「あ、ノンちゃん、ごめん今行くから!」


ノンちゃんと呼ばれた連れらしき女の子が、神近さんという子の袖を掴みながら言った。
…かわいいなあ、このノンちゃんって子。甘え上手そうだし、ちーくんとかすごい好きなタイプそう。

そんなことを考えている間に何らかのやりとりを終えたのか、神近さんという子は、友達とともに歩いていく。


「…学校の子?」

「あ、はい…同じクラスなんです」

「そっかそっか」


やっぱり、ただのクラスメイトって感じの関係性なんだろうなあ。
つい2ヶ月くらい前までは自分にも存在していた“高校生活”を思い出し、何だか寂しくなってきた時。


「アカネお嬢さん」


突然聞こえてきた男の人の声に驚き顔を上げれば、スーツを身にまとった3人の男。
…うまく言えないけど、何かすごい威圧感がある人たちだな。
そんなことを思いながら周囲を見渡せば、GW中の駅の待ち合わせ場所にも関わらず、人々がわたしたちから距離を置くようにしてそそくさと歩いていく。


「探しました。一緒に来てください」

「な、なんで…」


え、ちょ、どういうこと。
私の手を握るアカネちゃんの手に力が増すのを感じながら男たちを注視するけれど、どこからどう見ても、このかわいい女の子に似つかわしくない風貌。
でもアカネちゃんはこの人たちのこと知ってるみたいだし…と考えていると、


「おっと、大人しくしてください」


アカネちゃんが後ずさったかと思えば、すぐ後ろから聞こえてきた声。
無意識に振り返れば、そこにも1人スーツを身にまとった男がいて、アカネちゃんの小さな肩をがっしりと掴んでいる。
え、えーっと…


「あ、の。失礼ですが…」

「…ああ、お嬢ちゃんたちが岸谷先生の言ってた子かい」

「…え、言ってた?」

「悪かったね、アカネお嬢の世話をしてもらってさ。あとは、俺たちに任せてくれればいいから」

「え、あの、ちょっ」


わけがわからない。
そもそもこの人たちはアカネちゃんの何なのかもわからないのに、アカネちゃんが拒んでいるという現実を無視して引き渡していいものなのか。
とはいえ勝手なこともできないし、ここはアカネちゃんにもちゃんと事情を聞こう。

そう思ったところで、アカネちゃんに向かっていた視線が、わたしにも注がれていたことに気付いた。


「それで…平和島静雄の彼女ってのは、お嬢ちゃんの方かい?」


どうして、静雄さんの名前が。
男の口から放たれたその名前に内心首を傾げる私は、大好きなあの人が今置かれている状況なんて、知る由もない。


 



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