―1時間前 某女子学園前―


「…何だってまた、大槻が出てくんだよ」

「ああ、やっぱり知ってんのか」

「知ってるも何も――…」


そこまで言いかけて、それ以上言うのが正しいことなのか、あいつの身に危険が迫ることにつながるのではないかと思いとどまった。

こいつがどうして大槻のことを知っているのかはわからない。
だがいきなり喧嘩吹っかけてくるくらいだ、穏やかな奴じゃないことは確かだし、あいつと静雄の望む平穏な日々っつーのが脅かされる可能性を考えると、そうやすやすと言っていいことでもないだろう。


「知ってるも何も、なんだって?」

「…いや、何でもねえ」

「言えよ、そこまで言っといて何でもねえは通用しないぜ」


そりゃあそうだよな。
しくじったとばかりに頭を掻けば、目の前の男――六条千景は、さっきまでのピリピリとした空気をわずかに和らげ、代わりに真剣さを増した顔で口を開いた。


「平和島静雄にも聞いたんだけどよ。知り合いってこと以外には何も情報得られなくてな」

「…あんたと大槻の関係は?何であいつのこと知ってんだ」

「…ま、昔馴染みとでも言っとくか」


こいつと大槻が?
口には出さないまでもそう思いながら、六条千景を注視する。

…とてもじゃねえけど、こんな奴と大槻が知り合いだとは思えねえな。
こいつが何者かなんて名前以外わかっちゃいないから当然だし、さっきも思ったことだが、いきなり喧嘩を吹っかけてくるような奴と大槻が昔馴染みだなんて、誰が信じられるだろう。

確かに今でこそ静雄と付き合ってる大槻だが、その経緯も、静雄がどんな人間かも知ってる俺からしたら、それは何らおかしいことじゃない。
それから考えれば、こいつがどんな人間か俺が知らないだけで、あいつとの昔馴染みである可能性だって否定できない。

でもよ、


「その昔馴染みさんが、何だってまた俺なんかに大槻のことを聞くんだ?昔馴染みなら俺よりもあいつのことは知ってるだろ」

「それがよ…ま、色々と事情があるんだわ」


事情というものが何か聞く気なんて起きないし、そもそも本当なのかもわからない。
どんな理由かはわからないが、大槻に接触するための嘘の可能性だって大いにあるんだからな。


「大槻のことは知ってる。だが、あいつにゃこんな物騒な状況は似つかわしくねえよ」

「つまり、美尋について知ってることを教えるつもりはねえってことか?」

「ま、そういうことだ。お前には悪いが、あいつには平穏に暮らして欲しいもんでな」

「なるほどな、そういうことか」


だとしても、ここで帰るわけにはいかねえんだ。
自嘲気味に笑った男は、表情を変えて俺に言い放った。


「売られた喧嘩の代金だ。釣りはいらねえから、存分に受け取ってくれや」

「こないだ……ここで俺や静雄にやられた連中の敵討ちってわけか?だとしたらとんだ勘違いだぜ。あれはダラーズとしてやったんじゃねえ。俺が個人的に頭に来て手を出しただけだ」


もしかしたらこいつは囮で、周りに仲間がいるのかもしれねえ。
周囲の音や男の視線にも集中しながら睨みつけるが、何の気配も感じられない。どうやらこいつ1人のようだ。


「その件に関しちゃ、俺らに非があるからよ。それについちゃ恨んでねえさ。ま、やり過ぎだと思って、平和島静雄に抗議しにいったけどな」

「…ああ、その面の怪我、もしかして静雄か?」

「ボロボロにやられたよ。なんだありゃ、大魔王か?」


ストローハットの鍔をいじる男は、苦笑しながら言った。


「で、まあそっちの件は片がついたんだけどよ……手前らダラーズが埼玉でやらかした事は知ってるか?」

「?」

「…ああ、知らねえって面だな」


眉を顰める俺に対し、男はわずかに顔を引き締めながら、淡々と語った。


「まったくおめでたい連中だぜ。自分のチームが何をやってるのかも知らねえときた」

「……」

「俺らのチームの奴らがやられただけならよ、こないだ池袋で暴れた連中のツケが回って来たって我慢もできんだけどな……たまたま居合わせた、うちのチームの奴の弟とかまでやられちゃ、黙ってるわけにもいかねーだろ」


男はゴキリと首を鳴らし、俺に一歩近づいた。
…周りを歩いてる奴らもいることだし、てっとり早くことを済ませた方がよさそうだな。


「で、わざわざ俺に何の用だ?手前、To羅丸の頭だろ。大槻のことだけを聞きに来たわけじゃないらしいし、わざわざ俺に会いに来たってのは、池袋の意趣返しじゃなきゃなんだってんだ?」

「お前よ、ダラーズの顔役の一人だろ?」

「は?」


…おいおい、いつの間にそんなデタラメが回ってんだ?
途中携帯が鳴るのも構わず言った俺が呆気にとられていると、男は単刀直入に自分の聞きたいことを吐き出した。


「ダラーズのボスってのは、どこのどいつよ」

「……」


そう来たか。
自分が今置かれている状況は、俺が思っているよりも、はるかに面倒くさいことらしい。


「そいつと話しつけるから、とっととここに呼んでくれや」

「知るか」

「おいおい、そんなに冷たくすることねえだろ」

「そういうわけじゃなくてだな…俺は、ダラーズの頭が誰なのか知らねえっつってんだよ」


今度は男が呆気にとられたような表情を浮かべ、意味がわからないという呟きが聞こえてきた気がした。
…とりあえず、まあ。


「その喧嘩、乗ってやるからよ」


ここじゃ目立つ。場所を変えようや。
そう言った俺に、目の前の男はニヤリと笑った。


 



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