静雄さん、今頃何してるのかなあ。

自分の幼馴染がすぐ近くにいることも、その幼馴染と門田さんが接触していることも、もちろん静雄さんの身に何が起きているかも知らないわたしは、いけふくろうの前でそんなことを考える。

携帯を開いてみても、相変わらず静雄さんからの連絡はない。
…あれからもう何時間も経ってるし、新宿だって遠くはないのだから、もし臨也さんを殴ることを実現したのだとすれば、とっくに何かしらの連絡が来ていてもおかしくないとは思うんだけどなあ。(言葉だけで、本当に殺そうとはしていないと信じたい)

普段の静雄さんであれば、朝は悪かっただとか、これから仕事行くだとか…余裕さえあればそういう連絡のひとつくらい、してきてくれるタイプだとは思うんだけど。
…連絡が来ていないところを見ると、未だ実現できていないのだろうか。


「…美尋さん、大丈夫ですか?」

「…っえ?うん?何が?」

「その…顔色が、あまり良くないので…」

「あ、ああ…うん、大丈夫だよ」


個人的なことで杏里ちゃんに心配をかけるわけにも、アカネちゃんの不安をあおるわけにもいかない。
そう思って放った言葉だけどそんなの一ミリも真実じゃなくて、杏里ちゃんにもそれは伝わってるのだろう、彼女は心配そうな表情で「そうですか」と呟いた。


「…わたしがこんなことを言うのは、大きなお世話だとは思うんですけど」

「…うん?」

「平和島さんは優しい方ですから、きっと、大丈夫ですよ」


言いながら薄く笑った杏里ちゃんの表情に、言葉に、わたしは一瞬目をみはった。

けれど、どうして静雄さんのことだってわかったの、なんて聞くまでもない。
静雄さんの言動については、新羅さんに話しただけで杏里ちゃんには話していないけれど、それでも彼女だって、きっと自分なりに、あの静雄さんの笑顔に違和感を抱いたのだろう。
だからこそ、静雄さんを優しいと言ってくれたことが、あの人のことをちゃんとわかってくれていることが、本当に本当に嬉しくて。


「…うんっ、そうだよね!」

「はい、そう思います。それに…平和島さん、美尋さんのことが本当に好きなんだなって、見ててわかりますから」

「…えっ」

「だからきっと、美尋さんが悲しい思いをするようなことにはなりませんよ」


静雄さんが何を言って、何をしに行ったのか、杏里ちゃんは知らない。
けれど表情からわたしの不安を感じ取ったのだろう彼女の言葉に、わたしの不安は、少しずつ減っていく。

…そうだよね。
静雄さんは確かに血の気の多い人だし、だからこそ大丈夫かなって心配にもなるけど…今のわたしには、きっと、信じて祈ることしかできない。


「…ありがとう、杏里ちゃん。なんか元気でてきた」

「本当ですか?…それなら、良かったです」

「ふふ。…あ、そうだアカネちゃんっ」


つないだ手はそのままに、しゃがみ込んで彼女と視線を合わせる。
こんな考えは、もしかしたら安直なのかもしれないけれど――…


「アイス。食べない?」

「え…」

「お姉ちゃん買ってくるから。どう?」


杏里ちゃんが言葉でわたしを元気づけてくれたように、わたしもアカネちゃんを、もっともっと元気づけたい。
その手段がアイスっていうのは安直な気がしないでもないけれど、小さい子ってみんなアイス好きだしね。…いや、あくまでわたしが小さい時にアイスが好きだったからってだけなんだけど。


「…たべ、る」

「本当?じゃあ今買ってくるから。どんなアイスがいいかな?」

「ソフトクリーム、」

「うん、わかった」


確か、ここからもすぐの線路沿いにある公園のところに、コンビニがあったような気がする。
そこであればソフトクリームも売ってるだろうと立ち上がり、アカネちゃんの手を離した時、


「ん?」


雑踏の中で聞こえた電子音に、カバンを漁って携帯を取り出す。
もしかしたら静雄さんかもしれない、なんて淡い期待は、“ダラーズ”という表示にすぐさま裏切られたわけなんだけど――…


「…え、」


池袋の各地でダラーズが襲撃されている。
そんな情報が短く書かれたメールに、わたしは一瞬眉をひそめた。


「…美尋さん?どうかしましたか?」

「…っあ、うう ん。大丈夫、」


そう言いながらも、わたしの中にはじわじわと嫌な予感が広がっていった。

だって、ダラーズが襲撃されてるって、そんな。
ダラーズは基本的に無色透明、かつて横行していた黄巾賊のように、見た目で判断がつくわけじゃない。
ともすれば、めぼしい人間を無差別に襲っているのか、はたまた何かしらの情報を得たうえで襲っているのか、そんなのはわからないけれど…


「そ、それじゃ、買いに行ってくるね」


下手な笑顔で杏里ちゃんたちにそう告げて、ひとり駅を後にする。
…大丈夫、大丈夫。わたしだってダラーズだけど、目立つようなことって何もしてないし、この人の多さじゃ何もしてこないだろう。

自分の身に迫ってる脅威にそう言い聞かせながら、わたしは青い顔でコンビニへと急いだ。


 



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